康宗 (高麗王)
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康宗(こうそう、1152年5月10日 - 1213年8月26日)は、第22代高麗王(在位:1211年 - 1213年)。姓は王、諱は祦、初名は璹、諡号は浚哲文烈亶聡明憲貽謀穆清元孝大王。明宗と光靖太后の長男として生まれた。妃は李義方の娘思平王后李氏、元徳太后柳氏。
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概要 康宗 王祦, 王朝 ...
康宗 王祦 | |
---|---|
高麗 | |
第22代国王 | |
王朝 | 高麗 |
在位期間 | 1212年1月30日 - 1213年8月26日 |
姓・諱 | 王祦(初名:璹、貞) |
諡号 | 浚哲文烈亶聡明憲貽謀穆清元孝大王 |
廟号 | 康宗 |
生年 |
天徳4年4月5日 (1152年5月10日) |
没年 |
至寧元年8月9日 (1213年8月26日) |
父 | 明宗 |
母 | 光靖太后 |
王后・王配 |
思平王后 元徳王后 |
子女 |
寿寧公主 高宗 |
陵墓 | 厚陵 |
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子は思平王后李氏が生んだ寿寧宮主と元徳太后柳氏が生んだ高宗。
1197年に父の明宗が崔忠献に廃されたが、14年後に従弟である熙宗が崔忠献に廃されたことで王位に就いた。
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