三淵光行
日本の安土桃山時代~江戸時代前期の武将。細川家・徳川家の家臣。江戸幕府旗本。室町幕府奉公衆三淵藤英次男で、旗本三淵氏初代当主(近江神崎郡1000石)。従五位下伯耆守 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
三淵 光行(みつぶち みつゆき、元亀2年(1571年) - 元和9年9月16日(1623年11月8日))は、江戸幕府旗本。光之とも呼ばれる。三淵藤英(細川藤孝の異母兄)の次男。従五位下。伯耆守。兄に三淵秋豪。弟に朽木昭貞、朽木昭知(三淵昭知)、朽木昭長。室は郡宗保の四女(慶寿院)。子に長男の三淵藤利(尚正)、次男の郡藤正(兵衞、弥四郎。形庵と号する)、三男の三淵山入(『寛政譜』では三入)がいる。
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