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アカントアメーバ(Acanthamoeba)はいわゆるアメーバ型の原生生物の一種で、土壌中に普通に存在する土壌微生物であり、淡水域やその他の場所にも広く分布する。アカントアメーバ属の大半はバクテリアを捕食して生活する従属栄養生物であるが、一部の種は感染性を持ち、ヒトや他の動物に対して角膜炎や脳炎(アメーバ性肉芽腫性脳炎)を引き起こす。
細胞の大きさはおよそ12-40μm、不定形だが移動時にはおおよそ三角形から楕円形の形状を呈する。仮足の先端は丸く半球状で、細胞表面から多数の短い仮足が伸びる。このとげとげした形状が名前の由来でもあり(acanth- ; 棘、突起)、特に本属の仮足は棘状仮足(acanthopodia)と呼び分けられる事もある。仮足は時に根元から分枝する。細胞内には核小体を持つ細胞核や食胞、収縮胞、油滴などが含まれる。
アカントアメーバは生活環の中でシストを形成し、この形状によって属内の分類、もしくは近縁属との区別が為されている(後述)。シストの壁は二層構造で、外側は緩やかな凹凸のある厚い壁、内側は主に多角形の壁である。これらのシスト壁には蓋(operculum)のある孔が開いている。
アカントアメーバに起因する病気はアメーバ性の角膜炎や脳炎である[2]。後者はアカントアメーバが外傷から侵入し、中枢神経系へ拡散することで引き起こされる。前者は眼球の角膜への侵入による。アカントアメーバは眼球とコンタクトレンズの間でも増殖し得るため、日本やアメリカではコンタクトレンズの使用に伴う角膜炎が多く報告されている[3][4][5][6]。しかし世界的に見れば、コンタクトレンズを使用しない場合でもアカントアメーバ角膜炎の発生が報告されている[7]。角膜炎防止のため、コンタクトレンズの装着前にはこれを十分に洗浄し、水泳やサーフィンなど曝露の機会がある場合には取り外すことが推奨されている。
アカントアメーバをコンタクトレンズから検出する方法としては、ヒツジ血清を添加した寒天培地に大腸菌を塗布したものが用いられる。ここにコンタクトレンズの破片を置くと、アカントアメーバが存在する場合にはレンズ周辺の大腸菌が消化されるので、間接的かつ視覚的にその存在を判定できる。アメーバ細胞自体の可視化法としては、グラム染色やギムザ染色などが用いられる。またPCR法もよく利用される方法である(右図参照)。こちらは特にコンタクトレンズの使用を伴わない角膜炎の診断に向いている[8]。
アカントアメーバ角膜炎は、角膜ヘルペスや角膜真菌症として誤診されやすい。アメーバ角膜炎の外見的な特徴としては、潰瘍が輪状の分布を呈することが挙げられる。治療に際してはミコナゾールやフルコナゾールなどの抗真菌剤を中心とした投薬のほか、硫酸フラジオマイシンのような抗生物質の点眼、界面活性剤である塩酸ポリヘキサニド(PHMB)を用いた殺菌などが行われる。
アカントアメーバが引き起こす肉芽腫性脳炎は日和見感染であり、ヒトで発症に至ることは稀である。世界中でおよそ 400 症例が報告されており、その生存率は数パーセントである。感染が起こるのは多くの場合免疫不全、糖尿病、悪性腫瘍、栄養失調、全身性エリテマトーデス、アルコール依存症などの患者に対してである。アカントアメーバは皮膚の外傷から侵入したり、あるいはシスト態の細胞が呼吸によって呼吸器へと吸入されたりする。アメーバは血流に乗って中枢神経系へと広がり、血液脳関門を突破する。この突破の機構は良く分かっていない。続いて起こる結合組織への侵入と炎症性反応の結果、神経系は数日のうちに重篤な障害を受ける。病死後の検死によれば、患者には深刻な浮腫や出血性壊死が認められている[9]。この病気に罹った患者には、亜急性の症状として意識障害、頭痛、発熱、肩こり、発作、脳神経麻痺、そして死に至る昏睡などが見られ、一週間から数ヶ月続く[10]。アカントアメーバ脳炎は症例や知識の蓄積が不足していることもあり、有効な診断法や処置は確立されていない。
アカントアメーバの感染による症状は、しばしば結核性髄膜炎のような細菌性の髄膜炎や、ウイルス性脳炎のそれに類似する。病状の誤診断は往々にして非効果的な処置につながる。正しくアカントアメーバ性のものであると判断された場合、処置としてはアンフォテリシンB、リファンピシン、スルファメトキサゾール・トリメトプリム、ケトコナゾール、フルコナゾール、アルベンダゾールなどの投与が(試験的ではあるが)効果的とされている。時宜を得た正しい診断、対処法の改良、そして病原体への理解を深める事が、アカントアメーバ感染症の転帰を良い方向へ導くために重要である。
A. polyphaga など一部のアカントアメーバは、細胞内に様々な共生細菌を保持している。この共生細菌には Caedibacter 属に近縁なもののほか、公衆衛生において重要な細菌であるレジオネラや[11]、その他のヒトの病原菌も含まれており、従って潜在的な病原体の温床としても懸念されている[12]。これらの共生細菌がアカントアメーバにもたらす利益については未だ明らかでない。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は多くの抗生物質に耐性を持つ多剤耐性菌として、臨床の現場において重要な病原菌である。2006年、バース大学の研究グループが、アカントアメーバ A. polyphaga の細胞内において MRSA の感染と増殖が認められる事を報告した。A. polyphaga は環境中に普遍的かつ広く存在するアメーバであり、これがシスト化すると運搬体として MRSA の空中分散に寄与する。アカントアメーバは MRSA を1000倍に増殖させるという報告も為されている[13]。加えて、アメーバより得られた MRSA は通常の菌よりも薬剤耐性が高く、毒性が強いものであることが示唆されている[14]。
A. castellanii は土壌生態系の中に高密度で存在しており、バクテリアや菌類、他の原生生物などを捕食している。この種はセルラーゼやキチナーゼといった様々な分解酵素を分泌し、獲物を消化することができる。[15]。このような働きは土壌中の有機物分解に寄与し、微生物環の一部を構成するものであると考えられている。
アカントアメーバの種は主にシストの形態によって分類されている。これまでに記載されているものを以下に示す。感染性が確認されている種については※印を付した。シストでない(アメーバ態の)細胞の形状で種分類を行うことは困難であり、また類縁属である Protacanthamoeba Page, 1981 とも区別できない。この属はシストに孔や蓋が無いことでアカントアメーバと見分けられる。
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