T4ファージ

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T4ファージ

腸内細菌ウイルスT4 (T4ファージ) は大腸菌に感染するバクテリオファージの種である。二本鎖DNAウイルスに分類され、ミオウイルス科に属する。T4ファージの感染は必ず溶菌を起こし、溶原化しない。過去には他のファージ種や系統であるT2ファージやT6ファージと合わせて、T偶数ファージとも呼ばれていた。

概要 分類, シノニム ...
T4ファージ
Bacteriophage T4 Structural Model[1]
分類
レルム : ドゥプロドナウィリア Duplodnaviria
: Heunggongvirae
: ウロウイルス門 Uroviricota
: カウドウイルス綱 Caudoviricetes
: カウドウイルス目 Caudovirales
: ミオウイルス科 Myoviridae
: T4ウイルス属 Tequatrovirus
: Escherichia virus T4
シノニム

Enterobacteria phage T4 [2]

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バクテリオファージの語源は「細菌を食べるもの」を意味し、ファージは偏性細胞内寄生体で宿主の細胞内で増殖し、溶菌とともに細胞外へ放たれる。160種ほどの遺伝子を持つT4ファージは、ウイルスとしては最大級の大きさを持ち、モデル生物として重用されてきた。現在に至るまでT4ファージはウイルス学と分子生物学の発展に重要な役割を果たしてきている[3][4]

T4ファージの研究における利用

1940年代から現在に至るまでT偶数ファージは最も研究されてきたモデル生物である。モデル生物には一般にできるだけ単純なゲノム構造が必要とされる。一方でT偶数ファージはウイルスとしては最大級でかつ複雑なウイルスであり、約160種の遺伝子を持つ。また、他のウイルスではありえない、ヒドロキシメチルシトシン(HMC)がシトシンの代わりに存在するという特徴を持つ。しかもこのHMCは特定のパターンで糖鎖修飾を受ける。また、T偶数ファージは遺伝子発現制御にも独自の特徴を持つ[3]。このような特徴によりT偶数ファージは、薬剤耐性の伝播を担う形質導入、新しい酵素などの形質の獲得に関わる溶原変換、変異をもたらす細菌ゲノムへのランダムな挿入、細菌の疫学的型別への応用、さらには遺伝子工学におけるクローニングベクターとしての利用といった重要な意義を持つ。例えば、遺伝子ライブラリやモノクローナル抗体のライブラリの構築にはファージが用いられる。さらにはファージは自然環境下で水から細菌を除去する作用も持つ[5]

ゲノムとその構造

T4ウイルスは169kbpの二本鎖DNAをゲノムとし、289のタンパク質をコードする[6]。T4ゲノムは末端が重複しており、まずユニットとして複製された後に、各ゲノムユニットが末端間で結合してコンカテマーと呼ばれる直列多量体を形成する。パッケージングにおいてコンカテマーは元のゲノムの長さと同じ長さになるように非特異的な部位で切断され、元のゲノムと巡回置換なゲノムを生じる[7]。また、T4ゲノムは真核生物の様なイントロン配列を含む

翻訳

シャイン・ダルガノ配列、GAGGはT4ファージの初期遺伝子で支配的だが、GAGG配列は感染初期のmRNA分解を開始するT4エンドヌクレアーゼRegBの標的でもある[8]

ウイルス粒子の構造

Thumb
近縁種であるT2ファージの構造

T4ファージはウイルスとしては大きく、ほとんどのウイルスの長さが25nmから200nmの長さであるのに対し、幅がおよそ90nm、長さが200nmである。DNAのゲノムはカプシドと呼ばれる二十面体の頭部に格納される[9]。尾部は空洞であり、細菌の細胞に吸着したファージが、細胞内に核酸を送る際に核酸が尾部を通過する[10]。尾部は宿主の細胞表面に存在する受容体の認識において重要であり、吸着した細菌が宿主域の範囲であるか否かを決定する[11]

T4ファージの尾部の末端である6MDaの基盤は、13種類のタンパク質(遺伝子産物5、5.4、6、7、8、9、10、11、12、25、27、48、53)の組み合わせからなる、全127本のポリペプチド鎖で構成される。近年原子レベルで詳細な構造が明らかにされた。尾管の近位領域はgp54が構成しているが、主な部分はgp19が構成している。ものさしタンパク質gp29は基盤-尾管複合体に存在するが、モデル化されていない[12]

感染の過程

要約
視点

T4ファージはlong tail fiber (LTF) が大腸菌の細胞表面に存在するOmpCポリンタンパク質とリポ多糖 (LPS) に結合することで感染する[13][14]。認識シグナルはLTFを通じて基盤に送られ、これによりshort tail fiber (STF) が不可逆的に大腸菌の細胞表面に結合する。基盤の構造変化と筒状の構造物であるtail sheathの収縮により、尾管の末端にあるGP5が細菌の細胞外膜に穴を開ける。GP5のリゾチームドメインが活性化し、細胞表層のペプチドグリカン層を分解する。残りの膜成分も分解を受けると、頭部に格納されたDNAが尾管を通って大腸菌の細胞内へ侵入する。

増殖

ファージが細菌内に侵入して細胞を破壊するまでの溶菌サイクルは37℃でおおよそ30分程度で終了する。ビルレントファージは細菌宿主に感染すると直ちに自己増殖を開始する。子ウイルスの数が一定の量に達すると、ファージは宿主を溶解して破壊し、菌体外へ放出されて次の宿主細胞へと感染する[15]。この宿主の溶解とファージの放出を溶菌サイクルと呼ぶ。つまり、溶菌サイクルは感染した細胞とその細胞膜の破壊を伴うウイルスの増殖過程であると言える。そのため、ウイルスは増殖と宿主細胞への感染のために以下の5つの過程を踏まえる必要がある。

  • 吸着と侵入
  • 宿主の遺伝子発現の拘束
  • 酵素の合成
  • DNAの複製
  • 新しいウイルス粒子の構成

新しいウイルスの合成が完了すると宿主の細胞は破けて新生ウイルスを環境中に放ち、宿主の細胞は崩壊に至る。菌体が崩壊した際に放出される子孫ウイルスの数をburst sizeと呼び、T4ファージの場合は感染した1個の菌体当たりで100-150個である。

吸着と侵入

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DNA注入の過程

他のファージと同様に、T偶数ファージはランダムに宿主の菌体表面に吸着するわけではない。ファージは菌体の表面にある、特定の構造を持つタンパク質である、受容体に選択的に結合する。受容体の種類はファージの種ごとに異なり、タイコ酸、細胞壁を構成するタンパク質やリポ多糖、鞭毛、線毛など多岐にわたる構造が受容体としてファージとの結合に寄与しうる。ファージが細菌に感染してその生活環を完成させるためには、感染の最初の過程である菌体表面への吸着を果たす必要がある。吸着はファージ毎に特異的な宿主細菌に対してのみ生じるものであり、2つの段階を経て行われる。第1の過程は可逆的な結合であり、ファージのLTFが宿主細菌の持つ受容体に結合する。第2の過程である不可逆的過程においては、ファージの基盤がファージと細菌の結合を担う。


不可逆的な吸着を果たしたT4ファージは尾部の外側を覆う鞘を収縮させ、その内部に存在する管状構造を細菌の細胞壁と細胞膜に向けて注入する。細胞壁にはペプチドグリカンの層が存在するが、先端のgp5がこれを分解する。近年の研究により、注入された内筒は菌体の内膜を貫通せず、内膜と融合することが明らかにされた。このようにしてできた通路をファージのゲノムDNAが通過し、菌体内へと侵入する[16][17][18]

複製とパッケージング

T4ファージのゲノムは宿主のRolling Circle Replicationによって合成される。ファージが生菌の菌体内でDNA複製にかける時間は、ファージ感染大腸菌におけるDNA伸長速度として測定される[19]。37°CでDNAの対数増加期における伸長速度は毎秒749bpである。DNA複製時における1塩基あたりの変異率は、1.7 × 10−8であり[20]、T4ファージのDNA複製は非常に正確である。これは300コピーのT4ファージゲノムが、一つしかエラーを生じないことを意味する。また、T4ファージは独自のDNA修復機構を持っている。ファージの頭部は足場タンパク質の周囲に空の状態で組み立てられ、足場タンパク質はその後分解される。DNAは小さい孔を通過して前駆体頭部 (prohead) に格納されるが、DNAの格納に関わるのがDNAと最初相互作用するgp17であり、この分子はDNAの折りたたみモーター及びヌクレアーゼとしても機能する。T4ファージの頭部にDNAを折りたたむ速度は1秒あたり2000塩基長であり、大きさを同等にした場合、その馬力は平均的な乗用車用エンジンに相当する[21]。また溶菌サイクルにおいて、ファージのカプシドへ細菌DNAの一部を取り込む形質導入が生じる[22]

放出

増殖過程の最終段階で、T4ファージは宿主となる菌体からウイルス粒子を放出する。ウイルス粒子の放出は細菌の細胞膜が破壊された後に起きる。ウイルスタンパク質がペプチドグリカンや細胞膜を破壊する溶菌を起こす。放出されたバクテリオファージは他の菌体に感染し、増殖サイクルを繰り返す。

出典

関連文献

外部リンク

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