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近畿地方に存在した書店及び出版社 ウィキペディアから
大淵渉(1855年‐1907年)によって1881年(明治14年)に京都において書肆駸々堂が創業され、出版も開始する。1883年(明治16年)には大阪の心斎橋に進出、関西出版社としての地歩を固めた。嵩山堂とは出版数を争うよきライバルであり、駸々堂が出版した書籍で木版口絵がついた作品の数も、口絵を描いた画家の数も多様であった。また、旅行案内や時刻表などの方面にも力を注いでいる。木版口絵を描いた画家としては井川洗厓、稲野年恒、歌川国松、歌川国峰、尾竹国一、尾竹国観、梶田半古、鏑木清方、観明、鈴木錦泉、筒井年峰、松本洗耳、水野年方、宮川春汀、黙仙、森川蕉亭が挙げられる。
1935年には「合名会社駸々堂」として法人化[2]、1968年には「株式会社大渕書店」に改組され、翌1969年に「株式会社駸々堂書店」に社名を変更[2]。1992年に関連会社の「株式会社京都駸々堂」を吸収合併した際に社名を「株式会社駸々堂」に変更。以後も関西で書店を広く展開した他、学習参考書などの出版業務も引き続き行ったが、元々経営状態が悪く1981年以降は債務超過状態であった[2]。さらに書店の大型化の波に乗り遅れたことなどで経営が一層悪化、主要取引先である日本出版販売から商品引き上げを通告されるなど店舗運営の継続が困難となり[2]、2000年1月31日に自己破産を申請し倒産した[1]。
なお同社が手がけていた中学受験向け模擬試験については大阪市鶴見区に本社を置く五ツ木書房が運営を引き継ぎ「五ツ木・駸々堂中学進学学力テスト会」の名称で現在も運営を継続している。
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