ヴァルダナ朝647年頃、ハルシャ王が後継者を残さずに没すると、アラナシュ(中国語版)(阿羅那順)が王位を簒奪した。この混乱で唐の使節王玄策がアラナシュに捕らえられると、吐蕃のソンツェン・ガンポとリッチャヴィ王朝(泥婆羅)のナレーンドラ・デーヴァが、チベット兵・ネパール兵合わせて8,000人の兵でインドに侵攻し、王玄策を救出した。
四向四果欲界には再び還らず色界に上って悟りに至る位。阿那含を指す。 (5) 不還向 - 一来果で断じきれなかった残りの3種の煩悩を断じつつある間。 (6) 不還果 - その3種の煩悩を断じ終った位。 阿羅漢(あらかん、漢訳:応供) - 今生の終りに悟り(涅槃)に至り再び三界には生れない位。 (7) 阿羅漢向 - 不還果を得た聖者がすべての煩悩を断じつつある間。
王玄策であった。チベット(吐蕃)とネパール(泥婆羅)を経て北インドに入ろうとしたが、ハルシャ王の死により現地は混乱しており、一行はハルシャ王の臣下だったアラナシュ(中国語版)(阿羅那順)の兵に捕らえられてしまう。脱出した王玄策は援軍を求める檄文を発し、吐蕃と泥婆羅から合わせて8千人余りの兵を得た。王玄策、
無著『顕揚聖教論』(けんようしょうぎょうろん、梵: Śāsanasphūrti ) 『大乗阿毘達磨集論』(だいじょうあびだつまじゅうろん) 『順中論義入大般若波羅蜜経初品法門』(じゅんちゅうろんぎにゅうだいはんにゃはらみつきょうしょぼんほうもん)-※『順中論』と略される。 『六門教授習定論』(ろくもんきょうじゅしゅうじょうろん)
吐蕃647年、ヴァルダナ朝の王ハルシャ・ヴァルダナ(戒日王)が亡くなり混乱したヴァルダナ朝へ派兵し、政権を簒奪したアラナシュ(中国語版)(阿羅那順)を捕らえ、ヴァルダナ国を属国とした。この時、唐の使者王玄策を保護している。更に大軍を率いて当時分裂状態に陥っていたガンジス川北岸の小国を幾つか帰