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『詞花和歌集』(しかわかしゅう)は、八代集の第六にあたる勅撰和歌集。1144年(天養元年)6月2日に崇徳院が下命し[1]、藤原顕輔が撰者となって編集した[1]。1150年(久安6年)から1152年(仁平2年)の間に成立した[1]。10巻、総歌数409首[1]。古写本では『詞華和歌集』と記される[1]。
藤原清輔『袋草紙』の記述に409首とあり[1]、部立は春・夏・秋・冬・賀・別・恋上下・雑上下である[1]。撰歌資料としては『玄々集』(65首)、三奏本『金葉和歌集』(63首、ただし44首が共通する)、『堀河院御時百人一首』(11首)、『久安六年御百首』(4首)が用いられた[1]。収められた歌人は、曾禰好忠(17首)・和泉式部(16首)・大江匡房(14首)など『後拾遺和歌集』時代の歌人が多い[1]。歌風は清新と評される一方、ざれ歌に似た歌も多い[1]。
六条藤原家が単独で選者になった唯一の勅撰集であり、三奏本『金葉和歌集』を吸収しつつ『千載和歌集』を生み出すきっかけを作った[1]。成立当初から批判があり、崇徳院は改撰を臨んだが、藤原清輔の死により叶わなかった[1]。『詞花和歌集』への対抗として、藤原教長『拾遺古今』や藤原為経『後葉和歌集』が編まれた[1]。
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