臼杵長景

戦国時代の武将。大友氏の家臣。近江守。臼杵氏6代。子に臼杵鑑栄(民部少輔、加判衆、子に臼杵鎮辰(三河守、子に臼杵統益))、臼杵鑑良(民部少輔、鎮良、子に臼杵鎮長、臼杵鎮信 ウィキペディアから

臼杵 長景(うすき ながかげ)は、戦国時代武将大友氏の家臣。大友義長より偏諱を賜り、長景と名乗る。

概要 凡例臼杵長景, 時代 ...
 
臼杵長景
時代 戦国時代
生誕 不明
死没 大永8年(1528年)?
官位 近江
主君 大友義長義鑑
氏族 臼杵氏
父母 臼杵義直(長門守)
兄弟 長景親連
鑑栄鑑続、養孝院(戸次道雪継母)、鑑速鑑定鑑良鎮続鎮氏鎮順統光
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生涯

臼杵氏は、元は大神姓であったが、後に大友氏から養子を送り込まれて大友一門となった。

長景は臼杵氏出身者としては初の加判衆を務め、大友義長義鑑の代に重臣として活躍し、永正13年(1516年)の朽網親満の反乱や、大永7年(1527年)の佐伯惟治の反乱鎮圧に功を挙げたが、佐伯氏との戦いの後に病を得て急死した。これは滅ぼした佐伯惟治の怨霊のためであるという伝承があるが、翌大永8年(1528年)までは加判衆としての活動が見られ、その頃までは存命していたと推測される。

家系

長景の父・義直、叔父・治直からの系譜を以下にまとめた。続柄は長景を基準としている。

  • 父:臼杵義直(よしなお) - 長門守。
  • 叔父:臼杵治直(はるなお)- 大友親治より偏諱を賜る。
    • 従弟:臼杵鑑泰(あきやす) - 備前守。子に臼杵鎮道(しげみち)。
    • 従弟:臼杵鑑親(あきちか) - 安芸守。子に臼杵鎮方(しげかた)。
  • 臼杵長景
    • 子:臼杵鑑栄(あきよし)- 民部少輔。加判衆。
      • 孫: 臼杵鎮辰(しげたつ)- 三河守。子に臼杵統益(むねます)。
    • 子:臼杵鑑続 - 安房守、加判衆。
    • 子:臼杵鑑景(鑑速) - 越中守、加判衆。豊後三老の一人。
    • 子:臼杵鑑定(あきさだ) - 右京亮
      • 孫:臼杵鎮定(しげさだ)- 別名、鎮生(しげあり)。父と同じく右京亮大友義鎮(宗麟)の死後はその子・義統に仕えて、文禄・慶長の役にも出陣したが、義統がこの戦役の最中に改易されると、大友氏を退出して上洛した。その後は行方不明。
        • 曾孫:臼杵統久(むねひさ)- 初名、統定、統貞(読みはともに「むねさだ」)。一説には吉弘鎮信からの養子。子に茂勝(しげかつ。五左衛門、実は池辺彦左衛門の子)、孫に統安(むねやす)。
    • 子:臼杵鑑良(あきよし)- 民部少輔。のち鎮良(しげよし)。
      • 孫:臼杵鎮長(しげなが)
      • 孫:臼杵鎮信(しげのぶ)
    • 子:臼杵鎮続(紹冊) - 鑑常、鎮広。安房守。
    • 子:臼杵鎮氏(しげうじ)- 進士兵衛。
    • 子:臼杵鎮順(しげのぶ)
      • 孫: 臼杵鎮尚(しげなお)- 美濃守。子に臼杵鎮理(しげまさ)。従弟・統景の跡を継ぐ。
    • 子:臼杵統光(むねみつ) - 子の臼杵統敦(むねあつ)と二代にわたって大友義統より偏諱を賜る。
  • 弟: 臼杵鑑連(ちかつら)- 安芸守。天文七年、柑子ヶ岳城番。
    • 甥:臼杵安芸守鑑続 - 安芸守。柑子ヶ岳城番。永禄8年4月19日、柑子ヶ岳城にて戦死。子に立花與三左衛門統勝

関連項目

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