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日本語訳聖書の一つ ウィキペディアから
聖書 聖書協会共同訳(せいしょ せいしょきょうかいきょうどうやく、英: Japan Bible Society Interconfessional Version)は、聖書の日本語訳のひとつ。聖書 新共同訳に引き続き、カトリックとプロテスタントの共同で訳された。翻訳の著作権者と出版社は日本聖書協会[13]。
1968年、聖書協会世界連盟(英: United Bible Societies)とカトリック教会(羅: Ecclesia Catholica)の間で協議が成立し、プロテスタントとカトリックが同じ聖書を用いるための聖書翻訳作業の「標準原則[注 2]」がまとめられ、世界各国で「共同訳」の翻訳が開始された[8][14]。日本国でも、1970年(昭和45年)に「共同訳聖書実行委員会」を組織し、当時の日本を代表する聖書学者70余名が選出され、翻訳が開始された[14]。しかし、翻訳方針を巡っては紆余曲折があった[4]。動的等価(意訳)理論に基づいて翻訳した新約聖書を共同訳として1978年(昭和53年)に先行頒布したが、諸教会から採用に否定的な声が寄せられた[4][15]。その結果、急遽翻訳方針を逐語訳へと見直し、聖書全書を新共同訳として1987年(昭和63年)に発刊したが、翻訳方針の変更などに伴う訳語、訳文の未調整部分が課題として残った[4][15]。
日本聖書協会は、新共同訳を精査し次世代に向けて新たにどのような聖書翻訳を目指すべきか検討するために、2005年(平成17年)11月に翻訳部を新設し、あわせて翻訳理論の研究及び実際の翻訳作業についての調査を行った[9][注 3]。その結果、オランダ聖書協会(蘭: Nederlands Bijbelgenootschap)が2004年に発刊し、高い評価を得ているオランダ語訳聖書(蘭: Nieuwe Bijbelvertaling)の翻訳手順と、その翻訳理論である「スコポス理論」が、モデルとして参考になるとの結論に至った[9]。そこで、「スコポス理論」の主唱者であるオランダ自由大学教授のローレンス・デ・ヴリース(蘭: Lourens de Vries)を招いて直接「スコポス理論」について学ぶなどし、このスコポス理論を新たな聖書翻訳に用いる方針が決まった[9]。過去においては、いくつかある翻訳原則のどれが正しいかが議論され、「逐語訳」と「動的等価訳」とが対立的に捉えられてきたが、スコポス理論の利点は翻訳理論を別の視点から捉え直すことにより、翻訳理論の間の対立を乗り越えることを可能にしたことにある[9]。スコポスとはギリシア語で目標を意味し、聖書翻訳理論では「対象読者(聴衆)」と「使用目的(機能)」を表す[9]。対象読者を未信者とし、使用目的を伝道用とする場合と、対象読者を高学歴の信者とし、使用目的を礼拝用とする場合では、おのずと翻訳原則も異なる[9]。前者では動的等価訳が、後者では逐語訳が適切となる[9]。スコポス理論は、このように、まず翻訳のスコポスを選択し、そこから適切な翻訳方針を決定していこうとするもので、逆に言えば、スコポスをあらかじめ決定するなら、翻訳理論をめぐって動的等価か逐語訳かという選択に関して揺れが生じるようなことはなくなるとしている[16]。翻訳事業を開始するに先立ち、日本聖書協会は2008年(平成20年)6月に共同訳事業推進計画諮問会議の設置を決議し、国内17教派・1団体が委員推薦に賛同した[17]。この18教派・団体の信徒数は、当時の日本国内の信者総数の75.3%に相当することから、「日本の諸教会が求める聖書」を示す答申を得ることができるとした[17][18]。諮問会議は2009年(平成21年)10月6日に、新しい翻訳聖書のスコポスは「礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語訳を目指す」ことであるとする『翻訳方針前文』を日本聖書協会に答申した[17]。同年12月4日の同会理事評議員会はこの答申を承認、2010年(平成22年)2月にはカトリック中央協議会も臨時司教総会で新しい共同訳事業を承認するとの決議を行ったことにより、新翻訳事業は正式に共同訳事業として開始することとなった[4]。
新翻訳[注 4]は、新共同訳からの改訂ではなく、原文(底本)から新たに翻訳することとなった[20][注 6]。翻訳作業には、聖書協会世界連盟及び聖書翻訳のための非営利団体である国際SIL(英: SIL International)が開発した聖書翻訳支援ソフト「パラテキスト(英: Paratext)」が用いられた[13][23]。即座に原語、主要翻訳、過去の邦訳、翻訳用注解書などを参照でき、それにより複数の翻訳者が訳文を検討する翻訳者委員会は、大幅な効率化と時間短縮が可能となった[4]。「礼拝での朗読にふさわしい、格調高く美しい日本語を目指す」という翻訳方針を実現するために、新翻訳は最初の段階から原語担当者と日本語担当者が協力して訳文の作成に当たった[8]。新共同訳では、翻訳者45名に対して日本語担当者は6名と比率は九対一にすぎなかったが、新翻訳では、翻訳者62名のうち原語担当者43名、日本語担当者19名と比率は七対三とした[9]。原語担当者が作成した訳稿が第1稿、日本語担当者がこの第1稿を日本語面から改訂した訳稿が第2稿、両者が話し合って作成した訳稿が第3稿で、新翻訳の日本語担当者には日本語学・日本文学の専門家のほか、詩人や歌人も多く含まれたため、特に旧約聖書の詩文学の訳は、これまでの訳にない格調を備えたものとなったとしている[9]。原語担当者と日本語担当者の作成した第3稿に、翻訳者委員会での検討を終えた訳稿が第4稿、礼拝における朗読にふさわしい訳稿となっているかチェックを受け、原語担当者が訳稿を改訂したものが第5稿、編集委員会で検討され第6稿となった[8]。第6稿は、聖書学・神学の専門家、教職者、日本語の専門家、一般信徒、学校教師によって構成される外部モニターによって、翻訳が翻訳方針に従っているかどうか、訳文に問題がないか、それぞれの立場から意見が出され、この意見に基づいて再度、2017年(平成29年)12月2日に編集委員会が訳文を検討したのが第7稿で、これで翻訳作業が終了した[9]。
新共同訳では90人の委員のうちわずか3人だった女性の比率が、今回は148人中34人と増加し、その意見を反映して「はしため」が「仕え女」に変更され、頻出していた「お前」も限定的に使用するなどの成果があったとしている[13]。
編集を終えた第7稿を、パイロット版として2015年(平成27年)12月から2018年(平成30年)1月まで、全48分冊、計23,000部を刊行した[9][24][25]。過去に新共同訳においても、いくつかの書のパイロット版を刊行する試みは行われたが、聖書全書のパイロット版を正式な版の発刊前に公にしたのは初めてのことだった[9]。日本聖書協会は、263件、6,861の意見が寄せられ、最終訳文を作成する際に参照されたとしている[21][26]。
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検討委員会での議論を経て、書名は『聖書 聖書協会共同訳』に決まった[1]。2018年(平成30年)11月、日本聖書協会理事会での出版承認を経て、同年12月の発刊が正式に決定した[4]。初版は引照・註附きの聖書とし、カトリック向けの旧約聖書続編付き(SIO43DC)が1万部、旧約聖書続編なしのプロテスタント向け(SIO43)は2万部印刷され、同年12月3日の発売日には合わせて1万6千部が出荷された[4][16][27]。装訂は三輪義也[注 7]、印刷・製本は三省堂印刷八王子工場が担った[29][31][32]。
講壇用聖書は、ごく薄い金箔を継ぐ特殊な専門技術の担い手が高齢化によって引退し、仕事量の著しい減少や、後継者が確保できないなどの事情から、国内での製作が不可能な状況となってしまった[33]。代替の製作手段を探すこととなった日本聖書協会は、これまで海外での印刷製本の取引実績のある、中国、韓国、オランダなどにあたったが、満足できるレベルに達する製本所を見出すことは叶わなかった[33]。そこで、2021年(令和3年)春、ヨハン・セバスチャン・バッハが使用した聖書の復刻(ファクシミリ版)を行っている出版社に連絡を取り、そこからオランダのフォプマ・ヴィエール製本所(蘭: FopmaWier boekbinderij)を紹介された[33][34]。同製本所は、かつて印刷会社で働き、後に独立したヴィッツェ・フォプマ(蘭: Wytze Fopma)が、2009年にオランダ北部のヴィエール村に開いた工房で、特殊製本の出版物を海外からも広く請け負っている[33][34]。同年8月に到着した見本は、これまでの国内製作に引けをとらない極めて高品質なものであり、製作を依頼することが決定された[33]。印刷、折丁の綴り、聖書の中身(ブック・ブロック)の製作は、オランダ国内で行われる[33]。2022年春から製作にかかり、約一年をかけて完成、納品を待つこととなる[33]。初版の製作は合計で300冊の限定製作とし、頒布価はカトリック向けの旧約聖書続編付き(SI98DC)が本体価格32万円、旧約聖書続編なしのプロテスタント向け(SI98)が本体価格30万円と極めて高価なものとなった[33][35][注 10]。
『聖書 聖書協会共同訳』の初版として発行された引照・註附き旧約聖書続編なしのSIO43が、第53回造本装幀コンクール[注 11]で日本書籍出版協会理事長賞(専門書(人文社会科学書・自然科学書等)部門)を受賞した[32]。出品した初刷に限って、薄葉紙をさらに圧縮加工した特製の紙を用いることで聖書の厚さと重さを従来の七割程度に抑え、紙は裏写りしないよう着色してある[27][38]。また、一折32ページにもかかわらず折りの誤差を感じない造本・背固めとするなど、抄造から印刷、製本まで高い技術と工夫が施された[39]。
発刊当初から、信徒の高齢化、教会財政の逼迫が課題となる中、新しい翻訳聖書への移行、浸透をどこまで進められるかが課題との指摘があった[13]。カトリック中央協議会は、2019年(平成31年)1月に開催した常任司教委員会で、『聖書 聖書協会共同訳』の使用については数年先に検討することとし、現時点では現行どおり『聖書 新共同訳』を使用することを決めた[40]。日本聖書協会が、2019年度(2018年(平成30年)11月から2019年(令和元年)10月まで)に頒布した聖書(旧新約合本)104,377冊のうち聖書協会共同訳は32,298冊で全体の30.09%[27]、2020年度(2019年(令和元年)11月から2020年(令和2年)10月まで)に頒布した聖書(旧新約合本)85,201冊のうち聖書協会共同訳は10,861冊で全体の12.75%[41]、2021年度(2020年(令和2年)11月から2021年(令和3年)10月まで)に頒布した聖書(旧新約合本)92,046冊のうち聖書協会共同訳は19,714冊で全体の21.42%だった[42]。
日本聖書協会は、2019年(令和元年)8月30日付けで『聖書 聖書協会共同訳』聖書語句訂正一覧を公表し、変更・訂正は重版や新版を出版する際に反映するとともに、半年おきに聖書語句訂正一覧を更新していくと発表した[43][44]。その後も聖書語句訂正一覧は、2020年(令和2年)8月31日付け、2021年(令和3年)8月31日付け、2022年(令和4年)4月30日付け及び2022年(令和4年)8月31日付けで更新されている[45]。2021年(令和3年)3月には、聖書協会共同訳の訳文に関する照会や、将来の改訂等への助言を行う機関として、翻訳者兼編集委員10名による聖書協会共同訳諮問委員会が発足した[46]。
ヨハネ伝1章1節の訳「言(ことば)は神と共にあった」は、まずルターが"mit"と誤訳し、それが英訳聖書に"with"と受け継がれ、それをそのままほとんどの日本語訳聖書が踏襲している。ギリシャ語では「プロス」で、ラテン語訳では"apud Deum"と正しく訳されていて、その意味は「の家で」「のもとで」であって、「と共に」とは訳せない。この問題については、田川建三訳新約聖書の本文と聖書 聖書協会共同訳の脚注で初めて対応された。
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