民事不介入

刑事罰対象以外に警察権は不介入という民主政国家の原則。 ウィキペディアから

民事不介入(みんじふかいにゅう)とは、行政権、とりわけ警察権民事紛争介入するべきではないとする自由主義国家における原則である。「刑事罰の対象である事件について証拠が確認出来るケース以外には介入しない」「民事訴訟対象司法権裁判所)の管轄」であるという主張である[1]。例として、警察は貸金債権の取立などの民事行為に協力しない[2]などがある。(詐欺や暴行などのように)当事者同士の水掛け論となっている事例でも、録音や録画、記録など明確な証拠が提示されると刑事事件化され、警察権が介入する[3]

概要

民事事件司法権によって解決すべきであり、行政権に属する警察は口を出してはならない、というのが民事不介入の意味するところである[4]大橋によれば民事不介入原則とは戦前においては警察権の限界を画する法理として位置づけられていたものが、戦後は射程範囲が明確にされないまま行政作用一般に通じる「基本原則的なもの」として取り扱われてきており、戦後行政の現実に照らせば具体的な対象が明確ではない漠然としたキーワードと化しており、このようなものに拘束されることは適当ではなく、ケースバイケースでその適切なあり方を探求すべきであると指摘する[5]

民事上は契約自由の原則が存在し、同原則から導かれる契約自治の原則により、契約はその当事者間で拘束力を持つ。そのため、明確な犯罪行為がない限り、契約当事者間で合意した内容につき警察が介入することは原則的にできない[6]

法律上直接に民事不介入の原則を定めた規定はないが、警察法第2条第2項が以下のとおり定めていることに民事不介入の法的根拠を求める見解もある[4]

警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきであって、その責務の遂行に当っては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない。警察法第2条第2項

戦後は労働条件や争議、公害行政、消費者行政、家族支援など、戦前は民事不介入として明確に扱われていた領域に特別法が制定され刑罰権を含め行政が介入・支援するケースが増えており、裁判外紛争解決手続を含め「民事不介入」のキーワードを原則とする考え方は学説上克服されている(→批判も参照)。

民事不介入が議論となる民事分野

要約
視点

男女関係、家族関係等

ドメスティック・バイオレンス児童虐待ストーカー[7]に対する対応に関しては、従来は警察は民事不介入を理由に家庭への介入を差し控える傾向があったが、ストーカー規制法DV防止法児童虐待防止法施行以降、積極的な対応を取る方向に方針を転換したとされる。同法施行以降もしばらくは被害者の処罰意思が示された場合にのみ捜査を進める方針を採っていたが、ストーカー事案やDV事案での深刻な被害が発生し警察の対応が問題視されることが繰り返されたため、2013年12月6日の通達[注釈 1]などに基づき、被害者の処罰意思が明確に示されない場合でも必要な場合には積極的に強制捜査を行う方針が示された[8]

子ども同士のトラブル・「いじめ」

学校内外などで発生する児童生徒間など子ども同士の金銭トラブル、いじめ嫌がらせ恐喝器物損壊傷害暴行窃盗については加害者が14歳未満の場合刑事責任を問われないため、それを理由に警察はいじめや子ども同士のトラブルに介入することを差し控える傾向があり、問題視されている。

知的財産権

知的財産権を侵害する行為は多くの場合犯罪であるが、捜査当局の立場からすれば民事訴訟となる財産権の侵害である。そのため、限られた人的・時間的資源の投入には消極的であり、極めて悪質な事案か国際的に協力を要請されるような事案(海賊版違法アップロードの取り締まりなど)を除いて、民事不介入を理由に積極的な捜査に乗り出さないことが多い[9]。さらに、コピー品や偽ブランド品を買わされた被害者に至っては、著作権法違反や商標法違反の直接の被害者ではないことから、「被害者はメーカーなので、被害届はメーカーから出されたものでないと受理できない」などと言われて追い返されることが多い。

暴力団関係

1991年の暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(暴力団対策法)施行により、刑事罰対象となった。そのため、基本的には警察では民事不介入の原則を転換していった。しかし、末端では2021年5月時点においても民事不介入に基づく対応が続けられているケースがあることが指摘されている[10]

ぼったくりなど消費者事件

悪徳商法ぼったくり
飲食店等でぼったくりの被害に遭っても、警察は契約トラブル(金銭トラブル)として扱い対応しないことがある[6]。さらには、不当な金額の請求を受け、これに応じなかったため店側に軟禁状態に置かれるなどしても、法外な料金でもその場で支払って解決するように勧める場合もあるという[11]

カスタマーハラスメント・モンスターペイシェント

警察は従来、民事不介入を理由に消費者や患者からのトラブルやクレームに関して介入を差し控える傾向があった。しかし、度を越す慰謝料要求や謝罪要求などが大きな社会問題となり、そうした行為に関しては積極的な対応する方針に転換してきている。刑法上の強要罪、脅迫罪、名誉毀損罪、業務妨害罪、恐喝罪、暴行罪、傷害罪などに問われ、加害者が暴力団員であれば、暴力団対策法で処罰される。また、民法上の人格権やプライバシー侵害で民事上の責任を問われるようになった。

ネット上でのひぼう・中傷・嫌がらせ

警察は従来、民事不介入や表現の自由、言論の自由を理由に介入を差し控える傾向があった。しかし、ネット上などでの悪質なひぼう・中傷・嫌がらせが大きな社会問題となり、そうした行為に関しては刑法上の名誉毀損罪で取り締まる方針に転換してきている。また、民法上の人格権やプライバシー侵害で民事上の責任を問われるようになった。

インターネット上の詐欺

例えば、SNSで購入した商品が送られてこない、情報商材で事前のセールストークと異なり全く儲からない、ネットオークションで違う商品が送られてきて相手と連絡が取れないなどが該当する。騙す意図があったことの証明が困難で、詐欺罪にあたらないと判断された場合は民事不介入で介入を差し控える傾向にある。

宗教被害

かつては宗教で何らかの被害にあっても、信教の自由を理由に介入を差し控える傾向にあった。しかし、オウム真理教事件以降、悪質な宗教団体がクローズアップされることが多くなり、積極的に介入するようになった。

貸金

借入目的を偽るなど、詐欺的な借金は詐欺罪が成立するのだが、警察はこのような借金でも民事不介入で介入を差し控えることが多い。銀行が被害者である場合のみ、稀に逮捕に至る場合がある程度である。この場合であっても、てるみくらぶはれのひなど、大規模消費者被害の別件逮捕的な要素が大きい。

刑事対象とすべきだった事件

  • 桶川ストーカー殺人事件および栃木リンチ殺人事件(石橋事件)、大津いじめ自殺事件について、いずれも「民事不介入」についての誤った認識による対応ミスが指摘されており、誤認識の払拭が必要であると指摘されている。特に石橋事件については、国家公安委員会でも、通報時点で刑事事件対象であり、民事不介入とは全く別の問題であるのに民事不介入を理由に警察が職務を怠ったとされ、「非常識」との意見が出されている[12]

民事不介入原則緩和の条例や法律に対する批判

日本体育大学教授の憲法学者である清水雅彦は、生活安全条例の内容は警察比例の原則と警察消極目的の原則や警察公共の原則を緩和し、警察による民事介入を招くものとして批判している。彼は特に、生活安全警察・行政警察が担当するストーカー行為等の規制等に関する法律ストーカー規制法)や配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律DV防止法)等を上げている。これらは、警察による市民生活への介入の代表例となると指摘している[13][14]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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