武村忠
日本の宮内技師 (1889-1976) ウィキペディアから
武村 忠(たけむら ただし、1889年(明治22年)- 1976年(昭和51年))は、日本の建築家。
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経歴
宮城県生まれ。1921年(大正2年)京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)卒業[1]。卒業翌年に匠生として内匠寮に入る[2]。1923年(大正8年)に宮内技手、1941年(昭和16年)に宮内技師となる[3]。宮内省京都地方事務所工務課長を経て、内匠寮廃止後設けられた主殿寮に勤務する[4][5]。宮内省を退官後、宮殿造営に際して専従調査員を委嘱された。
脚注
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