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日本の戦国時代~安土桃山時代の武将。甲斐武田家の家臣。信濃平瀬城代原虎胤の子で、足軽大将横田高松婿養子。足軽大将を勤める ウィキペディアから
横田 康景/綱松(よこた やすかげ/つなとし[1])は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。甲斐武田氏の家臣。足軽大将。
『甲陽軍鑑』に拠れば、父は下総国千葉氏の一族で、甲斐国に土着し武田氏に仕えたという足軽大将・原虎胤。
天文19年(1550年)の砥石城攻め(砥石崩れ)では武田家足軽大将である高松が戦死したために、横田高松の婿養子になり、家督を継いで武田晴信(信玄)に仕えた。『軍鑑』によれば足軽大将として騎馬30騎・足軽100人を与えられていたという。
永禄10年(1567年)8月に義信事件を受けて、信玄が家臣団に提出させた下之郷起請文にその名を連ねている[2]。
武田信玄の没後は勝頼に仕えた。天正3年(1575年)5月21日、長篠の戦いで戦死した。享年51。跡を五男の尹松が継いだ。
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