栗原克志
日本のサッカー選手 ウィキペディアから
選手時代
ジェフユナイテッド市原のユースチームを経て1996年にトップチームに昇格[3]。同期入団に式田高義、廣山望がいる。同年度第2節の京都パープルサンガ戦でJリーグデビューし、[2]以後2000年1月に現役を引退する[要出典]までの4シーズンで38試合に出場した。
在籍中、1998年度Jリーグナビスコカップ決勝戦でベンチ入りを経験した[4]他、1998年11月開催のJ1参入決定戦第1戦(対戦相手: アビスパ福岡)に先発出場した経験を持つ[5][6]。
指導者時代
引退後は引き続きジェフ市原に残り、1年間U-12チームの監督を務めたが、翌2001年にFC東京普及部に移籍して2年間コーチとして勤務した。2003年からはイギリスに移り、翌2004年まで当時イングランドフットボールリーグ所属のプリマス・アーガイルFCのU-19チームでアシスタントコーチを務めた。在籍中にFAインターナショナルコーチングライセンス (UEFA B) を取得している。
2005年から2007年までの3年間はシンガポールSリーグ所属のアルビレックス新潟シンガポールコーチを務めた。在職中の2006年に、『サッカークリニック』8月号に、シンガポールにおける選手育成について執筆している[7]。2008年1月より日本へ渡り、アルビレックス新潟アシスタントコーチに就任[1][注釈 1]。2012年J1最終節では、前節で退席処分となった監督の柳下正明の代行として指揮を執り、4-1で勝利し、チームをJ1残留へと導いた[9]。2015年シーズンを最後にコーチを退任し、2016年より育成普及部コーチに就任した[10]。
また、日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチに就任[11]。新潟県ユースダイレクターも兼任し、北信越の育成に尽力。
Jリーグ選抜のU-14日本代表の監督を務め、国際大会ゴシアカップにて世界3位の成績をおさめた[要出典]。
所属クラブ
- 1993年 - 1995年 ジェフユナイテッド市原ユース(千葉県立幕張東高等学校)
- 1996年 - 1999年 ジェフユナイテッド市原
個人成績
その他の公式戦
- 1998年
- J1参入決定戦 1試合0得点
指導歴
- 2000年 ジェフユナイテッド市原 U-12監督
- 2001年 - 2002年 FC東京 普及部
- 2003年 - 2004年
プリマス・アーガイルFC U-19アシアシスタントコーチ
- 2005年 - 2007年
アルビレックス新潟シンガポール コーチ
- 2008年 - 2019年 アルビレックス新潟
- 2008年 - 2009年 アシスタントコーチ
- 2010年 - 2015年 コーチ
- 2016年 - 2017年 育成普及部コーチ
- 2018年 コーチ
- 2019年 ヘッドコーチ
- 2016年 - 2017年 日本サッカー協会ナショナルトレセンコーチ北信越担当
- 2016年 - 2017年 新潟県ユースダイレクター
- 2019年12月 - 日本サッカー協会ナショナルコーチングスタッフ
- 2019年12月 - U-22日本代表 コーチ
資格
- 2000年 日本サッカー協会公認C級指導者ライセンス
- 2004年 FAインターナショナルライセンス(UEFA Bライセンス)
- 2011年 日本サッカー協会公認B級指導者ライセンス[16]
- 2015年 日本サッカー協会公認A級指導者ライセンス
脚注
関連項目
外部リンク
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