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書誌学
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書誌学(しょしがく、独: Bibliografie、英: Bibliography)とは、書籍を対象とし、その形態・材料・用途・内容・成立の変遷などの事柄を科学的・実証的に研究する学問のことである。狭義では、個別の書籍を正確に記述した書誌に関する学問を指す[4]。

図書には様々な知識が収められているので、この知識を有効に普及させるには、その図書の内容を識別して特徴を記述し、一定の体系に配列しておく必要がある[1][注 1]。

図書は著者の考えを伝える存在であるが、著者の手を離れた原稿が様々な人(清書職人、編集者、植字工、印刷工など)の手を経るうちに、意識的あるいは無意識的に変更が生まれてくるので、この変更の原因を解明するには、その図書がどんな特徴をもち、どのように製造されたのかといった知識が必要となる[1][注 2]。
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概要
英語の Bibliography の訳語である[5][6]。扱うのは広義の書籍であり、写本、巻物、楽譜、チラシ等も含む[7]。
元々は歴史の補助学として「書史学」という名称であったが、書籍全体についての学問という認識が強まり、大正末期から「書誌学」と呼ぶようになったという[8]。また「図書学[注 3]」や「書物学」とも称されることがある[6][注 4]。「書籍学」という名称もある[注 5]。なお中国でも「書誌学」の語が使用されているが、これは日本から輸入されたものである[6][14]。
日本文学の界隈においては、昭和の初頭以来、「文献学」と同じような意味で使われることが多い[15][注 6]。これは訳語および原語 Philologie に照らすと、曲解もしくは誤用であるが、書籍が文学研究の根底を形成する要素である以上、技術的問題として書誌学に対する一定の理解は必要といえる[17][注 7]。
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研究範囲
要約
視点
書誌学は特定の文字資料を歴史的に詳細に識別・類別して、その資料が有する意義と位置付けを行うという側面を持っている[10]。研究対象とする範囲は極めて広く、書籍に関する全てを科学的に究めるのが仕事である[19]。例えば以下の領域を含む[20][21][22]。
- 図書の定義・範囲・種類・起源・発達など
- 図書の物理的側面として料紙や筆墨の材料・形態・装訂・付属物など
- 図書の書写および印刷の材料・様式・方法・種類・歴史など
- 図書の内容の成立・種類・異同・校勘・校訂・伝来・翻字・影印・出版・流通・変遷・集散など
- 図書の整理・分類の方法・目録の編纂とその歴史など
- 図書の蒐集・保存・分散などに関する事情・方法・歴史など
- いわゆる文庫と図書館との相違・発達・種別・建築など
- 図書に関する法律規則(著作権・出版法・販売権など)
- 図書を対象とする各種の企業(編集・印刷・製本・出版・販売・貸本など)
- 書誌学的成果に対する調査・評価とその研究者の伝記など(研究史)[注 8]
一般的に「書籍について記述する」といえば、「その書籍に記載されている内容に関して論じること」と理解する人が多々あるかもしれないが、書誌学はその書籍の持つ内容的文学性、心的作用、他の資料に与える何かしらの影響などについて論じることではない[23]。ひとまず内容の芸術性や思想性はさて措いて、そこに確かに存在する物体としての書籍の性質を見極めることにある[24]。また存在する書籍そのものを手に取って数量化して記号化する作業(すなわち実在の物を「情報」に変える技術)そのものでもある[25]。内容を深く検討するためには、その本文の器たる書籍の書誌的情報を抽出し、それを活用することで本文の性格や価値を確定した上で、研究に使用するように心掛けることが大切であり、これを行うことによって、誤りが少ないより本格的で深い研究が可能となる[26]。書誌学は補助学というより基礎学といえる[27]。
書誌学が研究対象とする書籍は、言語学、文学、哲学などの人文科学系に限らず、医学、数学、天文学、農学、物理学、薬学などの自然科学系にも関わるので、あらゆる学術分野にわたる[27][28][29]。対象とするものに応じて研究の方法や内容は変化するが、いずれにせよ書誌学の目的は、書籍という人間の文化的活動において重要な位置を占めるものを総体的に捉えること(すなわち、その書籍の成立と伝来を跡づけて、人間の歴史という時間と空間の中に位置づけること)にあるので、制作過程のみならず、「その後どのように読まれてきたか」という享受過程も重要である[30][31]。
書誌学はその時々で最新の自然科学的手法を採用してきた。例えば物理的な特徴に注目するため、ルーペやマイクロメータ等の伝統的な道具から、電子顕微鏡、特殊な撮影機器、2冊の書籍の違いを効率的に見つける校合機、羊皮紙やインクなどの素材に関する非破壊分析法、統計的手法の応用など、様々なツールを使うこともある[32]。デジタル技術も例外ではなく、1990年代後半以降、各国で貴重書のデジタル化が始まり、コンピュータやデジタル技術を活用した研究が試みられるようになって、「自宅で世界中の図書館が所蔵する貴重書が見られる」という状況が少しずつ実現し始めたが、現物からしか得られない情報を看過してしまうという面もある[33]。
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各国における形成と変容
要約
視点
日本
日本では、一般的に江戸時代以前の古典籍について、その形態(紙の種類・装幀・冊数、書写や印刷の種類・方法・様式など)や伝来(蒐集・整理・保存・販売・利用など)等、諸々の事柄を研究・記述する場合に用いられることが多い。
古代・中世
書目の編纂
書籍がある程度集積されると、まず行われるのは書目の編纂である。その歴史的な第一歩は奈良時代に始まる[34]。各大寺の経蔵の所蔵目録や一切経の蔵経目録など、経録(仏典目録)類が盛んに編修された[35]。書目の編纂は、ややもすれば書籍を管理する手段として軽視されることも少なくないが、これは書籍の単なる一覧表ではなく、個別の作品の内容を吟味して歴史的な空間に位置づけたものであり、学問的研鑽の最高の成果ということができる[36]。
平安時代になると、藤原佐世による漢籍目録『日本国見在書目録』が現れる[35]。個人蔵書目録としては、信西による『通憲入道蔵書目録』が見られる[35]。また鎌倉時代の末期には『本朝書籍目録』という総目録が編纂されている[35]。
伝本の対校
各種の伝本の対校は古くから行われていた。とりわけ仏典は宗教上の問題が存することもあってか、奈良時代の写経の奥書に「勘本」「対校」のことが見えるように、早くから行われていた[37]。
平安末になると、宋刊本を用いた漢籍の校勘が実施されるようになった[37]。現存する最古のものは藤原頼業の自筆校正『春秋経伝集解』とされる[38]。また藤原清輔、藤原定家などは、歌書や物語などを校勘しているが、その方法は少しばかり主観的であった[39][40]。
鎌倉時代になると、主として『万葉集』などの伝本の対校が実施されるようになった。とりわけ仙覚による『万葉集』の校勘が、その水準の高さを誇っている[38]。この校勘を元にして注釈を加えた『萬葉集註釈』は、現在の観点からすれば物足りない部分も少なくないが、中世期における歌学の様相を考える上での重要な資料の一つとして、また『万葉集』の定本として多くの人々に利用されている[41]。
古筆の鑑定

古人の筆跡の鑑定は古くからあったが、これが室町時代に古筆切として急増した。応仁の乱によって多くの古典籍が焼亡したことによる稀少化、宋や元の墨跡鑑賞の影響で古筆跡の掛物による鑑賞の漸増、古筆手鑑の流行、上代様書道の隆盛などが相まって、古筆の鑑賞を希望する者の需要が増加したのである[37]。
近世
→「日本の近世文学史」も参照
様々な書目
江戸時代には整版印刷の漢籍・国書が数多く出版された[46][注 10]。学術専門書から教養娯楽書、さらには浮世絵などの絵画が幅広く印刷・刊行され、また瓦版などの新たな形態も登場している[48]。
こうして書籍の出版が本格的となり、次第に出版業が確立するようになると、『和漢書籍目録』『増補書籍目録』『新増書籍目録』『合類書籍目録大全』といった出版物目録が刊行された[42]。また個人の著述目録としては『近代著述目録』『近代著述目録後編』『近代著述目録続編』などがある[49][注 11]。
校勘学の隆盛
同一書の各種伝本間における字句の異同を調べ、その本の原本の姿を出来るだけ再現しようとする作業が行われた。例えば徳川光圀は『大日本史』を編纂するに先立って、その資料を確実なものにするために、『保元物語』『平家物語』『太平記』などの軍記物語の参考本を作っている[43][44][50]。こうした研究は荻生徂徠のほか、吉田篁墩や市野迷庵なども行っている[51][52]。また享保年間には、荻生徂徠門下の山井崑崙が、友人の根本武夷と一緒に足利学校の蔵書を校勘し、その成果を『七経孟子攷文』としてまとめ上げた[43][44][50]。

左から本居宣長、契沖、賀茂真淵。
考証学が盛んになった頃には、近藤正斎、狩谷棭斎、渋江抽斎、森立之といった書誌学の大立者が出現した[53][54]。こうした風潮は国学の動きとも密接に関係し、文献も含めた古代遺品の考証にも発展するなど、古い文献の研究は益々盛んとなって、いわゆる実物実見主義で中国古典や日本古辞書の校勘考証も行われた[55]。
索引の編修
索引は学術研究において重要な資料である。それまで多くの和漢書の索引については作成されなかったが、 村田了阿、岸本由豆流、足代弘訓、山崎知雄、伴信友、小山田与清などは、不完全ながらも索引を作成している[56]。例えば『新撰字鏡』『和名類聚抄』『類聚名義抄』などの古辞書の索引が幾つかある[57]。しかし中には門人に作成を任せている者も少なくないので、無益なものも多いとされる[56]。
近代以降
→「日本の近現代文学史」も参照

左から順に、村口半次郎、長沢規矩也、木村一郎、飯田良平、諸橋轍次、三村竹清、川瀬一馬、二代目安田善次郎。
明治以降においては、主に活版印刷が行われ、特有の書誌学的問題が発生した[注 12]。また、あらゆる学問が西欧の研究方法を取り入れて急速に発達を遂げている中で、書誌学はただその応用面(目録の編纂・分類ないし図書館経営の方法・設備など)に関して影響を受けたに過ぎない程度であった[58][59]。
書籍全体について体系的に研究した学者には、天野敬太郎、岡田希雄、川瀬一馬、幸田成友、寿岳文章、新村出、長沢規矩也、森銑三、和田維四郎などがいる[46]。1931年には、書誌学の進展を援助する意図のもとに発起した同人が発展して日本書誌学会が発足し、その機関誌として雑誌『書誌学』が1933年に創刊されている[13]。また書影集や善本目録なども相次いで刊行されたので、書誌学の学術的水準は画期的な向上をみることになった[1]。
目録データベースの登場
1963年から1972年にかけて、岩波書店から『国書総目録』が刊行された[注 13]。1990年には「続編」として『古典籍総合目録』が刊行されている[61]。なお『国書総目録』の著作権やカードを含む資料等は、2003年に岩波書店から国文学研究資料館に譲渡された[62]。

1999年に国文学研究資料館は「国書基本データベース(著作篇)」の運用を開始したが、2006年には『国書総目録』『古典籍総合目録』『国文学研究資料館蔵和古書目録』『国文学研究資料館蔵マイクロ資料目録』を統合・発展させた「日本古典籍総合目録データベース」の運用を開始した[60]。これに国文学研究資料館が新たに収蔵した古典籍や目録、調査収集事業で撮影された画像、歴史的典籍NW事業で登録された古典籍のデジタル画像などを加えたものが、2017年に「新日本古典籍総合データベース」として公開された[63]。2023年にこれらのデータベースは統合され、装いも新たに「国書データベース」として提供が開始された[64]。
英米
- 列挙書誌学(Enumerative Bibliography)
- 一定の原理によって書籍や文書の書誌的事項を排列したリスト(書誌・文献の目録)およびその作成法を研究する分野[66]。体系書誌学(Systematic Bibliography)ともいう[67]。あらゆる知識の伝達、文献の発見・識別・記述・分類、印刷・出版・造本技術、図書の渉猟・蒐集、図書館の管理・利用に関係するが、もっとも専門的な意味では、内容のいかんを問わず書誌における配列の原則を形式的に適用することに関係している[68]。英語圏における最大の成果は、いわゆる STC(Jackson, Ferguson & Pantzer (1987)、Jackson, Ferguson & Pantzer (1976)、Jackson, Ferguson & Pantzer (1991))である[注 14]。[要出典]
- 分析書誌学(Analytical Bibliography)
このうち「分析書誌学」については、以下の3つに分類できる。
- 記述書誌学(Descriptive Bibliography)
- 出版者ないし印刷者がその図書の発行にあたって、意図していた状態を完全に示している図書(すなわち理想本)を記述することを目的とした研究領域[72]。その結果を記述書誌学の原則に従って記述し、配列をしたものを記述書誌という[1][73]。問われるのは、折丁の順序や折丁の紙葉が完全に揃っているかといった図書の物的状態であり、本文の質に関係するものではない[1][73]。理想本の様子を知るには、できるだけ多くの図書を調査することによって、各図書の物理的な状態が確定できるだけでなく、図書の相互関係が掴めるようになり、時には今まで知られていなかった「未記録」のものを発見することもある[1][73]。ただ図書の相違点を強調しようとして、判型と丁づけ構成の簡潔な表示によって図書の物としての体裁を記述するための体系的かつ標準的な方法は、時として大変複雑になる[74]。なお記述理論書の最高峰はBowers (1995)である[75]。
- 原文書誌学(Textual Bibliography)
- 歴史書誌学(Historical Bibliography)
- 物としての図書資料だけでなく、それ以外の資料も活用して図書を研究する分野[79]。現存する記録[注 15]に基づいて数多くの研究が行われ、発見されたことの中には、異版の年代決定や特定の印刷手法の利用などより大きな問題に、直接的かつ実際的に応用されるものもあり、また技術の進歩によって、書籍の制作に関して当初は推測に過ぎなかったものが、後々になって立証された事実になるなど、様々な歴史が明らかになった[81]。印刷者、出版者、製本師、活字鋳造師などの伝記のほか、版権の歴史などが含まれており、印刷者や出版者が所有する各種の記録類の分析も入るが、図書に関するすべての歴史を包含した広義の歴史研究ではない[1]。その旗手はD.F. McKenzie [82]である。[要出典]
なおアメリカでは書誌学が図書館学の一分野とされているが、逆にヨーロッパ諸国では図書館学が書誌学の一分野とされている[83]。
エジプト
紀元前200年代に、詩人であり学者として活動したカリマコスは、アレクサンドリア図書館の膨大な蔵書の8分類し、目録を作成したことから「書誌学の父」と称される存在となった[84]。
中国
中国における書誌学は、以下の諸学に類した学問か、あるいはその一部、その逆に相互に補完するものとして認識されてきた。
- 校讎学
- 版本学
- 輯佚学
韓国
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主な書誌学者
→詳細は「書誌学者の一覧」を参照

ムンダネウムの閉鎖後に自宅に建てられたオフィスで仕事している様子
書誌学を専攻する人は、ある書籍の意味を解釈したり、その重要性を評価したりすることよりも、その書籍の版型、改作、異形などのバージョンを相互に比較することに興味や関心がある[88]。このように書籍の知的内容に焦点を合わせて分析・記述するのではなく、物としての書籍の特性に焦点を合わせて分析・記述する専門家は、往々にして書誌学者(英: Bibliographers)と呼ばれる[89]。こうした人物は、書籍というものを作り出し、蒐集する人々が存在する国々には、必ずといってよいほどおり、研究機関に所属する者から在野の学者まで、様々な成果を後世に残している[90]。
書誌学が学問として正当な地位と周知を得るために、研究者は将来に向けて世代を超えて、諸本の蒐集調査、書目の編纂、比較校勘の事業などを、地道に継続して行わなければならない[31][91]。その実際問題として、とにかく数多くの書籍を見なければならないが、多数の書籍に接することは種々の条件に制約されるため[注 16]、書誌学のみを専門とする研究者は、全国的にも数えられるほどしかおらず、ほとんどの場合、書誌学を必要とする度合の高い学問(文学、言語学、歴史学、図書館学、博物館学など)と兼学しているのが実情である[94]。とりわけ文学や言語学において、書誌学的な知識や手続きが不可欠であることは誰もが認めるところであるが、書誌学というものが客観的に見てどのような内容のもので、どのような位置を占めるものなのか、そしてそれがどのような役割を果たすものなのかについて、できるだけ簡単明瞭に呈示する仕事が要請されている[95]。研究者ならば、誰もが文献一般について、相応の知識は持っているわけであるが、その知識は各々の専門研究の必要につれて、偶然に出会った断片的情報の蓄積として獲得されているのが現状であり、書誌の利用に対する認識が研究者共通のものとなっていない上に、書誌についての知識が体系化されておらず、組織的訓練も用意されていない点が問題として残っているのである[96]。
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脚注
参考文献
関連文献
関連項目
外部リンク
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