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反テロリスト解放グループ(Grupos Antiterroristas de Liberación; GAL)は、スペインのバスク人テロ組織ETAに対抗するために組織された極右テロリスト集団である。
1975年から1981年に活動していた反ETA団体バスク・スペイン大隊(Batallón Vasco Español)の後継として1983年に創設される。GALは1983年から1987年までの間フランス南部に存在していたバスク人集落を襲撃し、30件以上もの誘拐、爆破、暗殺などの果てに27人を殺害し、26人を負傷させたと言われている。なお、この中にはごく普通の一般市民やジャーナリストといったETAとは全く無関係の人物も含まれていた[1]。
メンバーはスペイン人の警察官であるホセ・アメードとミッチェル・ドミンゲス[2]を中心にフランス人とポルトガル人[3]の傭兵で構成されており、GALのメンバー達はETAのメンバー達を殺害するたびに支援先(スペイン内務省と思われる)から多額の報酬が出たと言われている。そのため首尾一貫した大義を持つテロリスト集団と言うよりは、金で汚い戦争を引き受ける殺し屋集団といったほうが近い存在だった。
1980年代中盤からGALの組織構成員が民間警備隊職員であるという噂が現れた。1996年、GALの活動にスペイン警察の幹部が参加しており、このことについて内務相と情報機関CESIDが周知していたことが明らかになった。当時の首相フェリーペ・ゴンサーレスはこれに反駁したが、スキャンダルは静まらなかった。裁判所の調査の結果、数人の高官の退任と訴追が行われたが、ゴンサレス自身は退任を拒否し、社会の憤激を引き起こした。
GALの解散後、スペイン検察庁がGALの実態解明に乗り出し、アメードとドミンゲスが逮捕され懲役100年超の刑が課された[2]。また彼ら実行犯だけでなく、彼らを裏で操っていた当時の内務大臣José Barrionuevoを筆頭とした公務員達11人が逮捕されるようになった[4]。
また、彼らの一人である民間警備隊将校のEnrique Rodríguez Galindoは75年という長期の懲役刑を課せられたが[5]、精神障害を理由に4年で釈放されている。
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