余祭

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余祭(よさい)は、春秋時代の第3代の王。姓は。別名は戴呉[1]、あるいは句戴[2]とも表記される。青銅器「工𫊣大𠭯鍦」[3]の銘文では、名は工𫊣[3]、字は大𠭯寿夢の子。諸樊の弟。余昧季札の兄。

概要 余祭, 王朝 ...
余祭
第3代王
王朝
在位期間 前547年 - 前544年
都城 姑蘇
姓・諱 姫戴呉または姫余祭
生年 不詳
没年 余祭4年(前544年)5月
寿夢
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略歴

諸樊13年(紀元前548年)冬12月、兄の諸樊が戦死すると、その跡を継いで王となった。しかし、余祭4年(紀元前544年)夏5月[4]に乗り移動しながら各地を視察する巡回に出向いたときに、脚を切断され門衛にされたの捕虜によって惨殺された(『春秋左氏伝』)。

脚注

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