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大日本帝国陸軍軍人 ウィキペディアから
下河辺 憲二(下河邊 憲二、しもかわべ けんじ、1888年(明治21年)12月4日 - 1951年(昭和26年)3月20日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]。
京都府出身[1]。1911年(明治44年)陸軍士官学校第23期卒業、陸軍歩兵少尉に任官[1][3]。
1939年(昭和14年)3月に陸軍歩兵大佐、同年5月に久留米連隊区司令官、1940年(昭和15年)12月に歩兵第88連隊長を経て、1943年(昭和18年)8月に陸軍少将・第43歩兵団長(中部軍、第43師団)に任官[1][2]。翌年の1944年(昭和19年)4月に独立混成第23旅団長(支那派遣軍、第23軍)に転じ、雷州半島の警備にあたり、仏山で終戦を迎えた[1]。戦後、戦犯指名され、のち獄死した[1][2]。1948年(昭和23年)1月31日、公職追放仮指定を受けている[4]。
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