マルグリット・ド・バヴィエール
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マルグリット・ド・バヴィエール(Marguerite de Bavière, 1363年 - 1423年1月23日)は、ブルゴーニュ公ジャン1世(無畏公)の妃。ドイツ語名マルガレーテ・フォン・バイエルン(Margarethe von Bayern)。
生涯
下バイエルン=シュトラウビング公アルブレヒト(エノー伯・ホラント伯・ゼーラント伯)の第4子として生まれた。
1385年、カンブレーでジャンと結婚した(カンブレー二重結婚)。1404年の父フィリップ2世(豪胆公)の死、1405年の母マルグリットの死により、ジャンは両親の持つブルゴーニュ、フランドル、アルトワなど広大な所領を相続した。
マルグリットと同時に結婚した弟エノー伯ギヨーム4世とジャンの妹マルグリットには、一人娘ジャクリーヌしかいなかった。しかしジャクリーヌが早世すると、エノー伯、ホラント伯、ゼーラント伯、フリースラント卿といった称号が、最も近い縁者であるフィリップ3世(善良公)へ相続されることとなった。
子女
- マルグリット(1393年 - 1442年) - 1404年にフランス王太子・ギュイエンヌ公ルイと結婚、1423年にリッシュモン伯アルテュールと再婚
- マリー(1394年 - 1463年) - 1406年、クレーフェ公アドルフ1世と結婚
- イザベル(1395年 - 1412年) - 1406年、パンティエーヴル伯オリヴィエと結婚
- フィリップ3世(1396年 - 1467年) - ブルゴーニュ公
- ジャンヌ(1399年 - 1406年)
- カトリーヌ(1400年 - 1414年)
- アンヌ(1404年 - 1432年) - 1423年、ベッドフォード公ジョンと結婚
- アニェス(1407年 - 1476年) - 1425年、ブルボン公シャルル1世と結婚
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