バヤズィット・オスマン
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バヤズィット・オスマン(オスマン語: بایزید عثمان、Bayezid Osman〈Osmanoğlu〉、1924年10月3日 - 2017年1月6日)は、オスマン帝国の帝家であったオスマン家の第44代家長・帝位請求者。
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第31代皇帝アブデュルメジト1世の曾孫。祖父はアブデュルメジト1世の五男であるメフメト・ブルハネッティン皇子。
帝政廃止後に生まれた初のオスマン家家長である。名目上の皇帝としてはバヤズィット3世。
経歴
1924年10月3日、フランスのパリでイブラヒム・テヴフィク・オスマンの三男として生まれる。1931年に父を亡くした後、1941年に母とともにアメリカに移住した。軍勤務を経て、ニューヨークの図書館に勤務した。2009年9月23日、オスマン家43代家長のエルトゥールルが腎不全で死去したため、オスマン家44代家長となったが、2017年に死去する。
なお、妻子ともになしである。
系図
- アブデュルメジト1世(31代皇帝)-メフメト・ブルハネッティン-イブラヒム・テヴフィク-バヤズィット3世
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