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ディミトリ・コニシェフ(Дмитрий Борисович Конышев、Dimitri Konyshev、1966年2月18日 - )は、ロシアの自転車プロロードレース選手。ゴーリキー出身。1989年プロデビュー。2006年に引退。主にステージレースの区間優勝を狙うスプリンターとして活躍。狡猾な走りで通算40勝を挙げた。
多くのロシア人選手の例に漏れず、アルファ・ルムでデビュー。初年度から早くも3勝を挙げるが、より大きな勝利は翌1990年のツール・ド・フランスの区間優勝。ポイント賞を獲得したオラフ・ルードヴィッヒと共に旧共産圏の選手の力を見せ付けた。翌1991年にはシャンゼリゼを含む区間2勝を上げて一流スプリンターとしての地位を確立する。
マリオ・チポリーニやエリック・ツァベルのような派手さは無いものの、ツール・ド・フランスでは1999年に1勝、ジロ・デ・イタリアでは1993年に2勝、1997年と2000年に各1勝をあげ、確実に存在感を示した。特に2000年には34歳という高齢でスプリント賞(マリア・チクラミーノ)を獲得している。
非常に選手寿命が長かったがその一因として、力任せのスプリントではなく時には「死んだふり」をするような狡猾さを持ち合わせていたこと、西側諸国の人間が持っていた「ロシア人」のイメージをひっくり返す陽気さでチームに溶け込んでいたことが上げられる。
引退後は選手生活の経験を生かして新たに結成されたプロフェッショナルコンチネンタルチーム「ティンコフ」のスポーツディレクターに就任。好成績により新たなスポンサーを得て発展した新チーム「カチューシャ」でも引き続きスポーツディレクターを勤めている。
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