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シリヤ・ヨーロッパ(Silja Europa)は、当初シリヤラインが、後にタリンクが運航したクルーズフェリー。
シリヤ・ヨーロッパ | |
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マリエハムンに入港する「シリヤ・ヨーロッパ」 | |
基本情報 | |
船籍 | エストニア タリン |
所有者 |
Rederi AB(1993) Fährschiff Europa KB(1993-2005) タリンク(2006-) |
運用者 |
シリヤライン(1993-2013) タリンク(2013-) |
建造所 | マイヤー・ヴェルフト |
母港 | フィンランド マリエハムン |
IMO番号 | 8919805 |
改名 |
ヨーロッパ(1993) シリヤ・ヨーロッパ(1993-) |
経歴 | |
進水 | 1993年1月23日 |
就航 | 1993年3月14日 |
現況 | 就航中 |
要目 | |
総トン数 | 59,914 トン |
全長 | 203,03 m |
全幅 | 34,6 m |
喫水 | 6.8 m |
機関方式 | ディーゼル |
主機関 | MAN 6L58/64 4基 |
推進器 | 2軸 |
出力 | 31,800 kW |
速力 | 21.5ノット |
旅客定員 | 3,750名(1,152室) |
車両搭載数 | 340台 |
その他 | 耐氷船級:1A super |
[1][2][3][4] |
当初、スウェーデンのRederi AB Sliteにより、ヴァイキングラインのために「ヨーロッパ」としてマイヤー・ヴェルフトに発注された。塗装が終わり引き渡しを控えた頃、スウェーデン・クローナが10%の切り下げを実施されRederi AB Sliteの資金繰りが困難に陥った。その結果、「ヨーロッパ」はオーナーをフィンランドのFährschiff Europa KBに変え、ヴァイキングラインのライバルであったシリヤラインによって10年間傭船されることになった。
1993年3月14日、ヘルシンキ - ストックホルム間に就航。翌年のエストニアの事故に際しては最初に救難信号を受け取った船の一つとなった。1995年1月12日、「シリヤ・セレナーデ」に代わってトゥルク - マリエハムン - ストックホルムに就航。1999年7月1日には免税対象となるために寄港地にローングネースを追加した。
2001年、冬季の寄港地を燃料の高騰によりストックホルムからカペルシャーに変更し、この年のストックホルム便は2月28日までと5月15日から8月31日の運航となった。同様の運航は少なくとも2004年まで継続された。
2013年1月23日より、「バルティック・プリンセス」に代わってタリン - ヘルシンキ間に就航[5]。
2014年8月、オーストラリアのブリッジマン・サービスによって、チャーターされた。期間は14か月から4年となっている[6]。
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