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フランスの画家 ウィキペディアから
アシール=エミール・オトン・フリエス(フランス語: Achille-Émile Othon Friesz, 1879年2月6日 - 1949年1月10日)は、フランスの画家。フォーヴィスムに分類される画家の一人。
ノルマンディー地域圏セーヌ=マリティーム県の港湾の町、ル・アーヴルで生まれた。昔から多くの造船業者や船員を出した家系でもある[1]。高校時代に生涯を通じて、友人となる画家のラウル・デュフィと知り合った。1895年から翌年までル・アーヴルの美術学校で学んだ後、1897年からデュフィとパリに出て国立高等美術学校で学んだ。パリではアンリ・マティス、アルベール・マルケらの若い画家たちと知り合い、彼らとともに「アカデミック美術」に叛旗を翻し「フォーヴィスム」の画家となった[2]。1903年にフランス芸術家協会の展覧会に出展し、1904年にサロン・ドートンヌ(従来の保守的な展覧会に対抗して創設された展覧会)に出展し、1906年にアンデパンダン展に出展した[3]。
1911年から1912年の間、ポルトガル、ベルギー、ドイツを旅し、ベルリン分離派の展覧会にも参加した。1913年にはニューヨークのアーモリーショー(国際現代美術展)などにも参加した。スウェーデンの有力者の支援を受けたパリの美術学校、Académie Scandinaveや、私立のグランド・ショミエール芸術学校(Académie de la Grande Chaumière)などで教えた[3]。パリで没した。
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