エール・アフリック

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エール・アフリックAir Afrique)(エールアフリク)は、コートジボワールアビジャンを本拠地としていた、かつて存在した多国籍航空会社である。主に旧フランス領の諸国によって設立され、後述するようにエール・フランス等のフランスの航空会社とも関係が深かった。

概要 IATA RK, ICAO RKA ...
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歴史

1961年3月28日カメルーンの首都ヤウンデで、以下の西・中部アフリカ11カ国間でヤウンデ条約が調印された。

ヤウンデ条約は、加盟国間の航空運輸の権利を扱う条約である。

加盟11カ国以外に、エールフランスとUAT(後のUTA→エールフランスに吸収合併)の合弁企業であるSODETRAFがエールアフリックに資本参加した。

加盟国の変遷は以下の通りである。

長年、コートジボワールを中心に西アフリカ地域と世界各地を結んできたが1990年代に入り経営が悪化した。

エールアフリックの支払停止が確認されたため、リース会社よりリースしていた旅客機2機を1月14日付でリース会社に返還。
  • 2002年1月14日から自社運航を停止。
  • 2002年4月25日に、アビジャン商業裁判所にて、正式に破産手続きに入ることが認められた。

機材


エールアフリックの今後

  • 現在エールアフリックは、清算作業をつづけながら、新エールアフリックの設立を待っている。最終的には、新エールアフリックは旧エールアフリックの資産(不動産、資材など)とロゴマークを引き継ぐ予定である。
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