くるまば草

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くるまば草

くるまば草』(くるまばそう、ドイツ語: Waldmeister)は、ヨハン・シュトラウス2世が作曲した全3幕のオペレッタ

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クルマバソウ。本来は白い花を咲かせるが、劇中では新種の黒い花が見つかり、騒動が巻き起こる

概要

ザクセン王国の小村の住民たちが、クルマバソウの煎じ出しを飲む効能について悩む物語である[1]1895年12月4日、アン・デア・ウィーン劇場において初演された[2]。初演時、シュトラウス2世は序曲だけを自分で指揮し、後の3幕はアドルフ・ミュラー2世が指揮した[3]。この初演にはブラームスリヒャルト・ホイベルガーも足を運んでおり、ブラームスは上出来な芝居と台本を称賛した[2]。またシュトラウス2世の音楽について、ブラームスは以下のように評している。

ああいうのに作曲したいんだ。とにかくシュトラウスのオーケストレーションは凄い。そりゃ(シュトラウスの)音楽は、昔のほうが良かった。でも作品全体としては立派なもんだよ[2]
エドゥアルト・ハンスリック

シュトラウス2世の後期の舞台作品の中では最も成功したものになり、88回公演された[3]。音楽評論家エドゥアルト・ハンスリックは、次のような熱烈な称賛を送っている。

『くるまば草』は初めから終わりまで楽しさいっぱいである。そこが以前の作品、『ジプシー男爵』『ジンプリチウス』『パスマン』『りんご祭り』とは違うところだ。前の作品は少なくともシーンによっては、悲劇か感傷劇の様式と危うく紙一重だった。……『くるまば草』はシュトラウスのオペレッタの中では、罪のない中産階級を素材にしている点だけでなく、音楽の喜劇性が絶えず維持されている点で一番効果的な『こうもり』の、あの見慣れた道に戻っている[3]『Die Neue Freie Presse』紙、12月6日付

このオペレッタの初演に際して、シュトラウス2世は人気の喜劇役者アレクサンダー・ジラルティドイツ語版と仲たがいしてしまった[4]。家庭問題からジラルティが出演を最後まで渋ったことが原因であった[4]。『ウィーンのカリオストロ』以来、ジラルティはシュトラウス2世のオペレッタに欠かせない重要な存在であったが[5]、この作品を最後に彼がシュトラウス2世のオペレッタに登場することはなくなった。

序曲について

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記念写真に収まるシュトラウス2世とブラームス(1894年)

序曲のなかに、フルートで演奏されるワルツが登場する[6]。このワルツは最後に華やかな対旋律をまとって繰り返されるが、この対旋律はブラームスが書き込んだものといわれる[6]。ただし、筆跡鑑定によるとオリジナル・スコアにはシュトラウス2世の筆跡しかなく[7]、おまけにブラームスが対旋律とともに書き込んだといわれる「ブラームスによる対位法!」という言葉も見当たらず[7]、事実ではない創作された逸話だと思われる。

序曲のワルツの一部

楽譜1

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楽譜2

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ワルツ『人を信ずるには!イタリア語版』(作品463)は、上の旋律をもとに作曲された。この序曲は『くるまば草』の劇中音楽の中でも特に有名で、しばしば単独で演奏される。

さらに見る 開催年, 指揮者 ...
開催年指揮者備考
1947年ヨーゼフ・クリップス
1950年クレメンス・クラウス
1955年ヴィリー・ボスコフスキー
1957年ヴィリー・ボスコフスキー
1965年ヴィリー・ボスコフスキー
1969年ヴィリー・ボスコフスキー
1975年ヴィリー・ボスコフスキー
1981年ロリン・マゼール
1986年ロリン・マゼール
1991年クラウディオ・アバド
1996年ロリン・マゼール
2007年ズービン・メータ
2014年ドイツ語版ダニエル・バレンボイム
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関連作品

このオペレッタの劇中音楽から生まれた作品群
  • ワルツ『人を信ずるには!イタリア語版』(作品463)
  • ポルカ『ヘルジェミネ』(作品464)
  • ポルカ・マルズカ『愛と結婚』(作品465)
  • クリップ・クラップ・ギャロップ』(作品466)
  • 行進曲『とても美しかった』(作品467)
  • 『くるまば草』カドリーユ(作品468)

出典

参考文献

外部リンク

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