源頼清
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源 頼清(みなもと の よりきよ)
- 源頼信の次男。村上氏の祖にあたる人物。本項にて詳述。
- 平安時代後期の武将、山県頼清(やまがた よりきよ)のこと。山県氏の祖・源国直の孫(父は源国政)。相模国田所目代となっており、天養元年(1144年)10月21日、源義朝の郎従らとともに大庭氏(大庭景宗)の屋敷を襲撃したとの史実が伝わっている。
- 大和源氏宇野氏一族の宇野頼章(頼明)の子の宇野頼清 (八条院判官代)のこと。大野頼清、朝日判官代とも呼ばれる。