利用者:EULE/火薬陰謀事件メモ/ジョン・ジェラード (イエズス会)
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en:John Gerard (Jesuit) 18:58, 7 April 2021 / ジョン・ジェラード (イエズス会)
ジョン・ジェラード(John Gerard、1564年10月4日 - 1637年7月27日)[1]は、イングランドのイエズス会の神父。ランカシャーのアシュトン・イン・メイカーフィールドの貴族ジェラード家の出身。カトリック教徒が迫害を受けていたエリザベス朝時代において12歳からフランドル地方やフランスに留学するなどし、やがてカトリック教会の元で神学を学び、イエズス会の神父となる。イングランドでの伝道活動のため故国に潜入し、一度大陸に戻るが、再び1588年から1605年までイングランドで死の危険と隣り合わせになりながら多くのイングランド人をカトリックに転向させるなど、潜伏生活を続けた。この期間中の1594年には当局に逮捕され、ロンドン塔に収監されて激しい拷問を受けるが耐え、1597年10月4日に脱獄を果たした。
1605年に発覚した火薬陰謀事件において自身は関与していなかったが、犯人たちの何名かが知人であったことや、犯人の一人トマス・ベイツが嘘の自白をしたことから、イエズス会を陰謀の首謀者としたい当局の思惑により大逆罪で指名手配される。潜伏期間中には自らの無実を訴えるビラをロンドンにばら撒くなどして容疑を否認したが、最終的には翌1606年にイングランドからの脱出を果たす。大陸に逃れた後もイエズス会の活動を続け、上層部の命令を受けてイングランドでの潜伏生活の様子を綴った自伝も書いた。そして1637年7月27日に73歳でローマのイングリッシュ・カレッジ神学校にて死去した。