ムアンスリン郡
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ムアンスリン郡(ムアンスリンぐん)はタイ東北部・スリン県にある郡(アムプー)。同県の県庁所在地(ムアン)でもある。
クメール王朝時代にはすでにクメール人が住んでいた。この痕跡は市内にあるクメール遺跡、プラーサート・ムアンティーで見ることができる。
時代は下り、1763年アユタヤ王朝末期、バーン・ムアンティーの村長、チエンプムは村を移動し、当時はバーン・クープラターイと呼ばれていた現在のスリン市街地(テーサバーンムアン・スリン)に移住した。その後、バーン・クープラターイはアユタヤ王スリヤートアマリンによりムアンプラターイサマンと名をあらためられ、チエンプムはプラヤー・スリンパックディーの官位に就いた。
1786年、ラーマ1世は、プラヤー・スリンパックディーの名からスリンを借りて、ムアン・プラターイサマンをムアンスリンと名付けた。
その後、郡(アムプー)の制度が導入されると、スリンはタックシンスリン郡と名付けられたが、1913年、ムアンスリン郡に改称した[1]。
チー川の形成した平地にあり、同河川やフワイサネーン貯水池、アムプン貯水池などが郡の主な水源である。郡南部には、パノムサワーイ森林公園がある。
国道216号線が東西に通っており、東にシーサケート、西にブリーラム方面と通じる。国道214号線が南北に通っており、南にカープチューン方面、北にローイエット方面と通じる。2077号線が東南に向かって延びており、サンカ方面と通じる。
郡の主な産業は農業で、コメが主な産物である。
またシリキット妃の後援でタムボン・ターサワーンでは絹製品の生産が盛んである。また、タムボン・ムアンティーでは蔓で編んだバスケットの生産が盛んである。
郡は21のタムボンに分かれ、さらにその下位に285の村(ムーバーン)がある。自治体(テーサバーン)があり以下のようになっている。
また、郡内には20のタムボン行政体(オンカーンボーリハーンスワンタムボン)がある。以下のリストで欠番のタムボンは、現在分離しクワオシナリン郡となっているタムボンである。
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