ベラルーシの国旗
ベラルーシ共和国国旗国家委員会によって規定された旗 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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ベラルーシの国旗(ベラルーシのこっき、ベラルーシ語: Сцяг Беларусі, Sciah Biełarusi、ロシア語: Флаг Беларуси)は、1951年にソ連構成国の白ロシア・ソビエト社会主義共和国時代に定められた、下半分が緑色、左側に縦に民族的紋様が加えられた赤色と緑色の旗で、ホイスト(旗竿側の縁)の末端に白色と赤色の装飾模様(ルシネーク)が描かれている旗を元にしている。現在の旗はこの旗から共産主義のシンボルである鎌とハンマーを除去したものであり、1995年5月の国民投票で承認されたデザインを基にしている。
白ロシア・ソビエト社会主義共和国時代との大きな違いは、共産主義のシンボル(鎌と槌と赤い星)の除去と、ホイストの部分の装飾模様の色が反転されている点であり、現在のデザインは2012年にベラルーシ共和国国旗国家委員会(the State Committee for Standardization of the Republic of Belarus)によって規定されたものであり、1995年の国民投票以来、ベラルーシの政府関係者や政府機関によって使用される国旗を元にした旗も作られている。
1918年3月25日に独立したベラルーシ人民共和国(ボリシェヴィキによって滅亡)では白赤白旗が用いられており、1991年にソ連から独立したベラルーシ共和国が成立した後に1995年まで使用されていた。ソ連が崩壊すると3月25日はベラルーシ建国日とし、ベラルーシ政府レベルでこの日を祝い始めたが、1994年7月にベラルーシの大統領になったアレクサンドル・ルカシェンコが1995年にベラルーシ人民共和国のシンボルであった白赤白の国旗、国章「パホーニャ」(Пагоня)、国歌『ヴァヤツキ・マルシュ(戦士の行進)』(Ваяцкі марш)と独立記念日を禁止した。反ルカシェンコ派は人民共和国時代・ソ連独立直後の国旗を使い続けているが、ルカシェンコ率いるベラルーシ政府によって、人民共和国時代の国旗の掲示は制限されている[3]。