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ヒカゲノカズラ科(Lycopodiaceae)は、小葉植物の1分類群で、現生のすべての同形胞子性の小葉類を含む科[1]。異形胞子性をもつイワヒバ科、ミズニラ科とともにヒカゲノカズラ綱を構成する[1]。PPG I分類体系では3亜科16属388種が属する[2]。ヒカゲノカズラ目 (Lycopodiales) に含まれ、同じ範囲を指す[2]。
ヒカゲノカズラ科 | |||||||||||||||||||||
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日本のヒカゲノカズラ科[注釈 1] | |||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Lycopodiaceae P.Beauv. in Mirb. (1802) | |||||||||||||||||||||
タイプ属 | |||||||||||||||||||||
Lycopodium L. (1753) | |||||||||||||||||||||
亜科 | |||||||||||||||||||||
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ヒカゲノカズラ科を含む全ての維管束植物は、その生活環に胞子をつくる胞子体と配偶子(卵と精子)を形成する配偶体を持ち、それが世代交代を行う[3][4]。
ヒカゲノカズラ科の胞子体の生活型は地上生、着生または岩上性で、常緑多年生である[1][5]。匍匐する地上性種には安定した開けた場所に「妖精の輪」と呼ばれる群落をつくるものがある[6]。この輪の外周では盛んに匍匐茎が成長する一方、前年に成長した部分の群落が枯れる[6]。その輪は円形となり、時間経過に伴い指数関数的に直径が大きくなる[6]。1964年に直径11.25 m(メートル)と測定された輪は1839年に起源すると算定されている[6]。
染色体基本数は x = 23, 31, 33?, 34, 35, 39[1]。
胞子細胞は分裂を繰り返し、先端に分裂組織を形成して配偶体を形成する[7]。この分裂細胞中には幹細胞は見つかっていない[7]。配偶体表面には仮根が生えており、造卵器と造精器を形成する[7]。造精器からできる精子の鞭毛は2本[8]。造卵器の中央細胞は腹溝細胞と卵細胞に分裂する[7]。精子と卵細胞の受精後、受精卵が分裂して胞子体を形成する[7]。若い胚は幹細胞を持たないが、葉が形成されるころになると複数の茎頂端幹細胞と根頂端幹細胞が形成される[7][注釈 2]。配偶体にはほかに、胚柄とあしが形成され、配偶体における養分吸収に働くと考えられている[7]。
胚が成長した胞子体には胞子嚢穂が形成される[7]。胞子嚢穂は普通、立ち上がる直立シュートの先端にできる[7]。ヒカゲノカズラなどでは胞子嚢穂は胞子葉間の茎が伸長せず、胞子葉が密生した構造をなす[7]。胞子葉の向軸側に胞子嚢が形成され、中で減数分裂によって胞子ができる[7][注釈 3]。ヒカゲノカズラ類の胞子嚢形成では、表皮細胞が胞子嚢始原細胞(胞子囊始原細胞、ほうしのうしげんしぼう、sporangium initial cell)となり、並層分裂を行って初発壁細胞(しょはつへきさいぼう、primary wall cell)と初発胞子形成細胞(しょはつほうしけいせいさいぼう、primary sporogenous cell)になる[11]。初発壁細胞は並層分裂して最内層がタペート細胞(タペートさいぼう)、それより外側の細胞層は胞子嚢壁(ほうしのうへき)となる[11]。初発胞子形成細胞は並層分裂して胞子母細胞となり、それが減数分裂して胞子ができる[11][注釈 4]
胞子がすぐに発芽する種も数年後になる種もある[12]。ヒカゲノカズラ類の配偶体は地中生で葉緑体を持たず菌糸を含み、塊状で地中に生じる配偶体を持つものと、地表生で葉緑体を持つ前葉体となるものもある[1][8][13]。地中性の配偶体は寿命が長く、辺縁部の環状の分裂組織により大きくなる[12]。古い配偶体は長さや幅が2 cmにもなることがある[12]。地中性のものでは生殖器官は集合してはっきりとしたまとまりをつくるものが多いのに対し、配偶体が一年生で緑色の種では造卵器と造精器は一般に直立した部位の基部に混合して生じる[12]。
ミズスギやヤチスギランの配偶体では、一般には地面の表面に見つかり、卵形から軸状で、背腹性があり、緑色の短い地上枝をもつ[12]。配偶体全体でも3 mm程度である[12]。無色の基部には仮根が生じる[12]。大部分の種に内生菌類が共生し、発生の初期に配偶体に侵入し配偶体の特定部分を占める[12]。一般に生殖器官は地上部への突出部の基部に生じる。胞子発芽から生殖器官の出現までの時間は8ヶ月から1年の間と幅があるとされる[12]。
第二の型では、胞子が発芽して6–8細胞となってから、配偶体が1年以上の休止期間に入る[12]。配偶体の適切な成長に不可欠な物質が菌類より供給されているためそれ以降の分化は菌類の侵入に依存しており、もし感染が起きないと成長は止まる[12]。更に成熟した生殖器官が存在する段階に分化するには10年以上を要する[12]。発生は地表付近または腐植層で起こる。ヒカゲノカズラなどでは配偶体は円盤状で、縁は片巻き状でクルミの実の中身に似ていると表現される[12]。別の種では配偶体は円柱状で分枝し、小さなニンジンに似ているとされる[12]。すべての地中性配偶体は無色または黄色から茶色で地表付近に露出した部分にのみクロロフィルができる[12]。培養瓶内で暗黒下で半年以上静置し発芽させた Diphasiastrum digitatum の配偶体は内生菌類を欠くが、自然状態のものと似た形態をしている[12]。この配偶体は先細りの基部をもつニンジン状の形で帽子のような部分の下に狭い首がある[12]。内生菌類は存在しないが自然状態では内生菌類に占められている部位には、放射方向に細長い細胞の層が存在する[12]。胞子発芽に不可欠な暗期のあとに光が当たると、配偶体は形はもとのまま緑色になる[12]。
茎は長く伸び、直立するか匍匐するかによらずふつう二又分枝する[1]。直立する胞子茎と匍匐する栄養茎に分化するものや、短く直立し細長い葉を叢生するものがある[1][8]。コスギラン亜科では二又分枝した枝は同等であるのに対し、ヤチスギラン亜科やヒカゲノカズラ亜科ではシュートが主軸と側軸に分かれ、単軸分枝様の成長(不等分枝)を行う共有派生形質を獲得した[14][15]。つまり同一個体内で伸長の早い強勢な茎(主軸)は単軸状に、弱小な茎(側軸)は二又状の分枝を行う[16]。不等分枝は主軸が根茎上に匍匐する種でよく発達する[17]。なお、茎頂分裂組織の分裂(不等二又分枝)により分枝を行うため[18]、真の単軸分枝ではない。
根はしばしば菌根性で、やや太い[1]。二次肥大成長を行わない[13]。
匍匐する種では、根は茎の下部に内生発生する[19]。直立する種では、根は茎頂付近で発生し、皮層を通って下方に成長し、植物体の基部に姿を現す[19]。茎から出たのちに根は二又分枝を行う[19]。
葉は小葉で単条の維管束を1本のみ持つ単葉[1][13]。有限成長性の側枝では葉が二形になるものが多く、これを不等葉性という[1][15]。小舌を欠く[1][8]。葉の長さは普通2–20 mm(ミリメートル)であるが、25–35 mmにまでなる種もある[15]。葉序は基本的に螺旋葉序で、対生や輪生状になることもあり、同じ個体でも部位により変化することもある[15]。葉の基部は茎に流れる(融合し下方に伸びる)種もある[15]。
胞子嚢は葉の向軸側基部に1個つく[1]。腎臓形から球形[1]。胞子嚢をつけた葉が集合して明瞭な胞子嚢穂(胞子囊穂、ほうしのうすい、strobilus, pl. strobili)を形成するものと、明瞭でないものがある[1][20]。包膜を欠く[1]。明瞭な胞子嚢穂を形成するものは不明瞭なものから進化してきたと考えられている[20]。真嚢性で環帯を欠き、横方向に溝が開いて二つに裂開する[1]。1胞子嚢あたりの胞子数は数百個[1]。
無性芽(むせいが、gemma、むかご)と呼ばれる栄養生殖器官をつくる種もある[15]。これは葉の位置に生じて、芽と未分化の根からできており、親植物から離れ新しい胞子体に成長する[15]。無性芽はシュートであり、主軸の不等分枝により生じた特殊な枝であると解釈されている[21]。
最古の化石記録は古生代のデボン紀である[1]。Lycopodites は中期デボン紀から石炭紀で見つかり、現生のヒカゲノカズラ科につながる系統の祖先型と考えられる[22]。小舌を印象化石や圧縮化石で確認することは難しいため、有舌類との区別は困難であるが、ヒカゲノカズラ類がデボン紀からほとんど形を変えずに現在に至ったことは間違いないと考えられている[23]。
分子データからも、ヒカゲノカズラ科はデボン紀に分岐したと考えられている[24][25]。また、本項(以下)に示すヒカゲノカズラ科内部系統である各亜科、ヒカゲノカズラ亜科(広義のヒカゲノカズラ属)、ヤチスギラン亜科(広義のミズスギ属)、コスギラン亜科(広義のコスギラン属)は何れも石炭紀に分岐したと考えられている[25]。ヒカゲノカズラ類の網状紋のある三溝粒胞子の形態属 Retitriletes は前期ジュラ紀から見つかっているが、分子時計によると、現生のその特徴を持つ胞子をつくるものは後期ジュラ紀に分岐したと考えられている[25]。
全世界に分布し、熱帯に多い[8][6]。温帯や北極地域に分布するものも存在する[6]。全世界で約400種(PPG I (2016) では388種とされる)[2][1][6]。単型属であるフィログロッスム(フィログロッサム) Phylloglossum はオーストラリア周辺に限られる[6]。
日本産のものは22種が認められる[1]。
現生ヒカゲノカズラ科は単独でヒカゲノカズラ目を形成し[2]、イワヒバ科(イワヒバ目)、ミズニラ科(ミズニラ目)とともにヒカゲノカズラ綱を構成する[1]。以下に現生のヒカゲノカズラ綱の系統関係を示す。
ヒカゲノカズラ綱 |
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Lycopodiopsida |
Chen et al. (2021) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生種の内部系統関係を示す[26] 。
ヒカゲノカズラ科 |
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Lycopodiaceae |
PPG I (2016) および Chen et al. (2021) に基づく下位分類は以下の通りで、現生のものは17属に分けられる[2][26]。現生属は旧来ヒカゲノカズラ属 Lycopodium と フィログロッスム属 Phylloglossum の2属に分けられていた[6][1][13][27]。このうちヒカゲノカズラ属 Lycopodium s.l. は初期には、はっきりとした胞子嚢穂を作らず均等な二又分枝を行う Urostachya と、明らかな胞子嚢穂を持ち、不等二又分枝を行う Rhopalostachya の2亜属が識別されるとする考え方があった[28]。このうち Urostachya 属は Urostachyaceae(Huperziaceae[29])という別の科に置く考えもあった[28]。分子系統解析の結果からヒカゲノカズラ属 Lycopodium s.l. はヒカゲノカズラ属 Lycopodium、ヤチスギラン属 Lycopodiella、コスギラン属 Huperzia の3クレードからなることが確認された(なおこれは下記の亜科にそれぞれ対応している)[1]。しかし、この分類では特異な形質を持つフィログロッスム属がコスギラン属に内包されてしまうという問題点があり、より細分化された分類体系を用いるのが主流である[2][30][1]。
海老原 (2016)に基づき、日本産の全種を示す[1]。但し、学名(属名)はPPG I (2016)のものを採用した。いずれもヒカゲノカズラ属 Lycopodium とされた経緯があるため[13]、属名を Lycopodium とするシノニムも知られる[1]。なお、エゾヒカゲノカズラ以外の変種は海老原 (2016) では採用されていない[1]。
また、コウヨウザンカズラは鹿児島県の奄美大島で一度しか記録されずその後日本では絶滅したとされる[1][32][33][34]。
ヒカゲノカズラは、植物体全体が神事に用いられる[35][43]。天岩戸の逸話において、太陽の復活を願いアメノウズメの胸にたすき掛けされた[43]。これは常緑で刈り取った後にも長期間枯れずに緑色を保つことや、長く伸びた異様な姿に古代から日本人が生気あるものとして霊力を感じ取っていたからであるともされる[43]。伏見稲荷大社の大山祭では参拝者に神酒とともにヒカゲノカズラが授与されるほか、率川神社の三枝祭では舞姫がヒカゲノカズラを頭に挿して五節の舞を奉じる[43]。
ヒカゲノカズラは古くから文学作品に登場し、『万葉集』にも大友家持が新嘗祭で詠んだ「あしひきの山下日蔭蘰ける上にやさらに梅を賞はむ」が掲載されている[43]ほか、第14巻にも「あしひきの山葛蘿ましばにも得がたき蘿を置きや枯らさむ」などと詠まれている[27]。『源氏物語』や『枕草子』、『新古今和歌集』などにも登場する[43]。
ヒカゲノカズラの胞子は油脂50%と糖分3%を含み、湿気を吸収しない性質を利用し「石松子」として丸薬の衣に用いられた[35][44][43]。ほかにも、皮膚のただれや湿疹に薬品を混ぜて撒布したりされた[43]。"Lycopodium powder" として売られ、花火の製造に使われる[45][43]ほか、研磨剤[43]やリンゴの人工授粉の際の花粉の稀釈にも用いられる[43][44]。外科用手袋や丸薬のまぶし粉としての使用も行われたが、ヒカゲノカズラの胞子は手術などの傷に対して炎症を引き起こすため、使用は減少してきている[45]。
また、マンネンスギは地上部全体を「立桂」として料理の飾りに用いる[36]。中央卸売市場に隣接するマーケットで売られ、寿司屋のネタやケースに飾られる[43]。マンネンスギは生け花の根締めや観賞用にも用いられる[46]。
ヨウラクヒバ属のムカデカズラ Phlegmariurus squarrosum は園芸植物として栽培される[47]。スギランやナンカクラン、ヨウラクヒバなどの樹上性の種はいずれも、森林伐採や園芸用採取により絶滅の危機にある[31]。
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