![cover image](https://wikiwandv2-19431.kxcdn.com/_next/image?url=https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c8/Dixiecups2006.jpg/640px-Dixiecups2006.jpg&w=640&q=50)
ディキシー・カップス
ウィキペディア フリーな encyclopedia
ディキシー・カップス (The Dixie Cups)は、米国ルイジアナ州ニューオーリンズの女性ボーカル・グループ。「愛のチャペル」「アイコ・アイコ」などのヒットで知られる。
ディキシー・カップス | |
---|---|
![]() ニューオーリンズ・ジャズフェスで歌うディキシー・カップス (2006年) | |
基本情報 | |
出身地 | ルイジアナ州ニューオーリンズ |
ジャンル | R&B |
活動期間 | 1964年~ |
レーベル | レッド・バード、ABCパラマウント |
公式サイト | http://lpintop.tripod.com/thedixiecups/ |
メンバー |
|
旧メンバー |
|
バーバラ・アン・ホーキンズとローザ・リー・ホーキンズの姉妹に従姉妹のジョアン・マリー・ジョンソンを加えた3人で1963年に結成。結成時の名前は、リトル・ミス・アンド・ザ・マフェッツだった。
1964年、ニューヨークのレッド・バード・レコードと契約し、ファースト・シングル「愛のチャペル(Chapel of Love)」をリリース。ビルボードHot 100の1位を記録する大ヒットとなった。以後、これに匹敵するヒットこそ生まれなかったものの「People Say」 (1964年, 同12位)、「You Should Have Seen The Way He Looked At Me」 (1964年, 同39位)、「Little Bell」 (1964年, 同51位)、「アイコ・アイコ(Iko Iko)」 (1965年, 同20位)とヒットを重ねた。これらのヒットが生まれた後、ローザとバーバラは拠点をニューヨークに移している[1]。
1966年、グループはABCパラマウントへ移籍するがここではヒットは生まれていない。1966年、ジョンソンはマネージメント側との意見の不一致並びに健康上の理由により、グループを脱退した[2][3]。グループは、後任にデイル・ミックルをメンバーに加え、活動を続行した。
ローザとバーバラは、1974年にはニューオーリンズに戻っている[4]。
新譜の発表はなかったものの、その後もグループはライブ活動を続けた。メンバーは、ミックル脱退後はバーバラとローザのホーキンズ姉妹にアセルグラ・ネヴィル・ゲイブリエルを加えた3人であった[5]。
2005年のハリケーン・カトリーナ後、ローザとバーバラはローザの息子が住んでいたフロリダ州タンパに拠点を移した[1]。
2016年10月3日、ジョンソンはうっ血性心不全によりニューオーリンズのホスピス・センターにて死去した。72歳。[2][3]。
2022年1月11日、手術後の合併症によりローザ・リー・ホーキンズがフロリダ州タンパの病院で死去。76歳だった。[1][6]。彼女の死去後も恒例のニューオーリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルへ出演するなど、活動中である[7]。