コンカンKonkan)は、インド南西部沿岸部英語版にある地域である。北はダマンガンガ川英語版を境としてダマン地区英語版と接しており、南はアンジェディヴァ島英語版を境としてカルワール英語版と接し、西はアラビア海、東はデカン高原に面している[1]。海岸の東に広がる後背地には、数多くの河川渓谷、川沿いの島々、西ガーツ山脈として知られる丘陵地帯がある;これらの地帯はデカンテーブルマウンテンまで続いている。この地域は少なくとも3世紀ストラボンの時代から著名であった[1]。10世紀からはアラブの商人たちによる商港として栄えていた[2]。コンカンで最も知られた島々は、ゴア州の州都パナジがあるティスワディ英語版と、マハーラーシュトラ州の首都でコンカン管区英語版の本部があるムンバイなどがあるボンベイの7つの島英語版である。

概要 コンカン, 国 ...
コンカン
地域
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マハーラーシュトラ州ラトナギリ地区ダボール。ココヤシの木が揺れるビーチは、コンカニ沿岸のどこにでもある光景となっている。
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現在の「コンカン」が指す区域
座標:
インドの旗 インド
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定義

歴史的に、コンカンの範囲は幾度となく変化しており、北部をダマンガンガ川英語版から南部をガンガヴァッリ川英語版カルナータカ州)に挟まれた地域を指す「アパランタ英語版」や「ゴマンチャル」という別名もあった[3]

古代においてサプタ・コンカナ英語版(後述)は、グジャラート州からケララ州まで、マハーラーシュトラ州沿岸部とカルナータカ州沿岸部の全地域を含む、地理的に非常に大きな地域を指していた[1]。このように、この地域範囲は、現在のコンカンとマラバール海岸の範囲と重なっていた。

語源

スカンダ・プラーナ英語版』のサヒャドリカンダ英語版によると、パラシュラーマは斧を海に投げ入れ、海神に斧が着地した地点まで後退するよう命じた。こうして海が引いていき、海神が後退したところまでに生まれた新しい土地は、サンスクリット語のkoṇa(कोण、角)+kaṇa(कण、断片)に由来する「大地の断片」、「大地の角」、「角の断片」を意味するサプタ・コンカナ英語版として知られるようになった[4][5]中国の著名なである玄奘は、その著書の中でこの地方をコンカナ・デシャと呼び、ヴァラーハミヒラの『ブリハット・サンヒター英語版』ではコンカンをインドの一地方と記し、15世紀の作家ラトナコシュはコンカンデシャという単語でコンカン地方を指している[1]

地理

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マハーラーシュトラ州シンドゥドゥルグ県デーヴガド・タルカのビーチ
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ラトナギリ県サタレ・バンバー村のサヒャドリ山脈の眺め

現代においてコンカンはマハーラーシュトラ州ゴア州カルナータカ州の西部海岸一帯に広がっている[1]。東は西ガーツ山脈(サヒャドリとも呼ばれる)、西はアラビア海、北はダマンガンガ川英語版、南はアガナシニ川英語版に囲まれている。ガンガヴァッリ川英語版は、現在のカルナータカ州ウッタラ・カンナダ県英語版を流れている。そして、ガンガヴァッリ川の北岸はコンカンの最南端にあたる。カルワール英語版アンコラ英語版クムタ英語版ホナヴァル英語版バトカル英語版などもコンカンに含まれる。コンカン海岸最大の都市はマハーラーシュトラ州の州都ムンバイである。コンカン海岸の地区は以下の地区から成っている[6]

民族

コンカン地方の主な言語集団はコンカニ人英語版である。この地域に見られる特有のカーストやコミュニティは、アーグリ英語版コリ人英語版バンダリ英語版クンビ英語版マラータ英語版ガビット英語版、マンゲラ、カラディ、プダギ、ヴァイティ、カルヴィ英語版テリ英語版クンバル英語版ナイ英語版ドビ英語版カサール英語版スーター英語版ロハール英語版チャマー英語版マハール英語版ダンガール英語版ガウド・サラスワット・バラモン英語版(ラジャプール・サラスワートとチトラプール・サラスワートも含む)、クダルデシュカル・ガウド・バラモン英語版パタレ・プラブ英語版ゴマンタク・マラタ・サマジ英語版チトパヴァン英語版カルハデ・バラモン英語版カヤスタ・プラブ英語版パンチカルシ英語版ヴァニ英語版コマ―パント英語版チャウカルシ英語版ダイヴァドニャ英語版ガルヴィ英語版、ゴルピ、ナス・ジョギ、グラヴ英語版、パギ、カラン、ガディ、パドティ、ヴァンジャリ、シムピ英語版などがある。その他、ビラーヴァ英語版ブント英語版ナドル英語版モガヴェーラ英語版、リンガハヤットはカルナータカ州のコンカンに近い地域で見られるコミュニティである。

部族社会には、カトカリ人英語版、タカール人、コンカニ人英語版ワルリ人英語版、マハデブ・コリ人などがあり、主にコンカンの北部と中部に見られる。ハルパティ人英語版ドディア人英語版は、グジャラート州南部、マハーラーシュトラ州ダードラーおよびナガル・ハヴェーリー県パルガル地区英語版に住んでいる。パルガル地区英語版はコンカンで最も部族人口の割合が多い。ヴァナルマーレと呼ばれる小さな遊牧民族はコンカンの南部に見られ、元々は猿狩りを行っていた。ゴアにはガウル人英語版とヴェリップ族がいる。

ベネ・イスラエルと呼ばれるユダヤ人社会は、主にライガッド地区英語版に見られる。キリスト教徒には、北コンカンとムンバイのボンベイ東インド人英語版、ゴアのゴア人カトリック教徒英語版ウッタラ・カンナダ県英語版カルワリ人カトリック教徒英語版ウドゥピ英語版ダクシナ・カンナダ英語版マンガロール人カトリック教徒英語版などがいる。

コンカニ人イスラム教徒英語版ナワヤト英語版といった主要なイスラム教徒のコミュニティは、コンカン地域全体に点在している。それらは、ハドラマウトイエメンまたは南アラビア)やアラビア、中東の他の地域からやってきた人々の子孫であると伝えられている。また、シッディ英語版のルーツはアフリカである[2][7]

脚注

外部リンク

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