ゲルマニア・インフェリオル
ウィキペディアから
ウィキペディアから
ゲルマニア・インフェリオル(ラテン語: Germania Inferior)は、ローマ帝国の属州のひとつである。日本語では下ゲルマニア、低地ゲルマニア、遠ゲルマニアなどと訳される。南にガリア・ベルギカ、南東にゲルマニア・スペリオルの各属州に面していた。
ライン川の左岸に位置し、その領域は、現在のオランダ南西部、ベルギー、ルクセンブルク、フランス北東部、およびドイツ西部にあたる。州都はコロニア・アグリッピネンシス(Colonia Agrippinensis)で、現在のケルンにあたる。
ローマ軍が初めてこの地方に侵攻したのは、ガイウス・ユリウス・カエサルによるガリア戦争のときである。カエサルの侵攻は紀元前57年に行われ、その後3年間に、エブロネス族やメナピィ族など現地のベルガエ人を制圧した。
ゲルマニア・インフェリオルは、紀元前50年頃はまだガリア・ベルギカの一部であり、この頃からローマ人の植民地が築かれ始めた。90年にゲルマニア・インフェリオルはローマ帝国の属州となり、その後にローマ皇帝が直轄する皇帝属州となった。隣り合うゲルマニア・スペリオル属州と合わせてゲルマニアを構成する。
ゲルマニア・インフェリオルにはいくつかのローマ軍団が駐留し、EX.GER.INF(Exercitus Germania Inferior)の略称で表された。その中でも、第1軍団ミネルウィアや第30軍団ウルピア・ウィクトリクスは長く当地に駐留し続けた。また、ローマ海軍もカストラ・ウェテラ(現:クサンテン)やアグリッピネンシスに駐留し、ライン川や北海沿岸の警備を務めた。
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.