ケーニヒスベルク条約 (1656年)
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ケーニヒスベルク条約(ケーニヒスベルク条約、ドイツ語: Vertrag von Königsberg、スウェーデン語: Fördraget i Königsberg)は、北方戦争中の1656年1月7日(ユリウス暦)/1月17日(グレゴリオ暦)に締結された条約[1]。条約により、ブランデンブルク選帝侯およびプロイセン公フリードリヒ・ヴィルヘルム(「大選帝侯」)はプロイセン公国とエルムラントにおけるスウェーデンの封臣になり、スウェーデン側で参戦することを余儀なくされた[2]。同年2月24日には同じくケーニヒスベルクでフランスとの防衛同盟が締結された[3]。
概要 種類, 署名 ...
種類 | 同盟条約 |
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署名 | 1656年1月17日 |
署名場所 | ケーニヒスベルク城(現ロシア領カリーニングラード) |
署名国 | スウェーデン帝国 ブランデンブルク=プロイセン |
締約国 | スウェーデン帝国 ホーエンツォレルン家 |
言語 | ラテン語 |
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