西ヨーロッパ狩猟採集民
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西ヨーロッパ狩猟採集民(Western Hunter Gatherer:WHG)(c. 15,000~5,000 BP)は、中石器時代に、イギリス諸島から西ヨーロッパ、南ヨーロッパ、中央ヨーロッパに広がっていた狩猟採集民集団および子孫を指す[2]。考古遺伝学の用語。現代ヨーロッパ人の祖先構成要素の一つであり[3]、東バルト海の住民にその遺伝子が多く残っている[4]。
西ヨーロッパ狩猟採集民(WHG)はスカンジナビア狩猟採集民(英語: Scandinavian Hunter-Gatherer)(SHG)と東ヨーロッパ狩猟採集民(EHG)とともに、初期完新世ヨーロッパの後氷期における3つの主要な遺伝的集団の1つを構成していた。[5]。西ヨーロッパ狩猟採集民(WHG)と東ヨーロッパ狩猟採集民(EHG)の境界はドナウ川の下流から、ドニエプル川の西の森に沿って北上し、西のバルト海に向かっていた[3]。スカンジナビア狩猟採集民(SHG)は西ヨーロッパ狩猟採集民(WHG)と東ヨーロッパ狩猟採集民(EHG)が等しく混在していた。
新石器時代初期にアナトリアから移住した初期ヨーロッパ農耕民(EEF)の拡大によって西ヨーロッパ狩猟採集民(WHG)は少数派となったが、中期新石器時代には再び増加した。
新石器時代後期から青銅器時代初期にかけて、ポントス・カスピ海草原からやってきた西部ステップ牧畜民(WSH)が大規模に拡大し、西ヨーロッパ狩猟採集民(WHG)をさらに追いやった。